第95話 突撃の鎧

この大陸には、最初の勇者ヨシュア・スカイを皮切りに、綺羅星のような英雄達が何人も居た。


いや、今でも、生き残っている英雄達が「居る」……。


二百年前、魔王を倒した勇者。


機械(からくり)の知識とチートを持つ、賢き勇者、「知恵の勇者」こと、ルカ・オーツ。


彼を中心に、六人。


二百年前の勇者パーティがいた。


一人は、剣の頂、伝説の武神、「剣聖」ことバルシュ・ヴァイツリヒト・シュバイエ。


一人は、魔法の王、智慧ありし者、「賢者」アンセル・テラ・シスト。


一人は、サーライア王国騎士団の「総団長」ヴァンハイム・リリサス・スカイ。当代の子孫の名はアイリーンで、代々騎士団の総団長を継ぐ。


一人は、勇者の妻にして、いと尊き「エルフの女王」セアダス・シュガルン・スゥ・エルファンドラ。


一人は、当時の「聖女」にして、聖都フィンドルニエの現「女教皇」エカテリーナ・ホワイト・アンジェロス。


一人は、サーライア王国の暗部の棟梁、名前も顔もない「忍者頭目」カクレマル。代々その名を引き継ぐ為、今のカクレマルが何で誰なのかは王ですら知らない。


……全員、引退するか、あるいは一線からは引いているが、それでもこの大陸最強の猛者。


今代の八魔将であっても、「一対パーティでなら」という条件下ならば、恐らくは、衰えた今でも対抗可能な……、この世界の生ける伝説達。


それが、今。


「あ、が……?!」


「ぐ、あ……、あ……!」


「ぐふっ……」


蹴散らされた。


一瞬で……、瞬時に。


今代の、勇者。


最も強く、最も恐ろしき、勇者。


エドワード・ムーンエッジ……。


この男の手によって……。




周囲の者は、エドワードがどんな手段で英雄達を殺したのか、知覚できなかった。


ただ、恐ろしい轟音、それと破壊の余波、波動。


そういったものの中心点、爆心地に立つのがエドワードだったことから、エドワードの仕業だと推察しただけだった。


しかし、異常な破壊痕と死骸に、人々は皆慄いた。


まず、轟音。


六人の英雄達が勇者エドワードと一進一退の攻防をしている、その時。


大きな音が鳴り響いた。


その音は、大きさそのものもさることながら、恐ろしさも凄まじかった。


大きな音は確かに、生物として、根本的に恐ろしいというのは当然だが、そうではなく。


もっと何か根源的に、恐ろしいものの咆哮のように聞こえたからだった。


例えるならば、そう。


———「ドラゴンの咆哮」


最強種、最も強いモンスターの王、ドラゴンの咆哮……。


全ての生命が畏怖する、絶対者の声……。


その、咆哮が轟く、それと同時に、広がる月色の光。


艶めく美しい、それでいて悍ましく狂おしい、深い深い蒼。


その波動に触れたものは、全て、氷のような、水晶のような、薄らと透き通る彫像に成り果てて、砕け散ったのだ……。


エドワードを中心にしたその波動は、音の速さで大きく球状に広まり、触れたものを氷塊に変えてしまっていた。


その武技は、遥か遠きムーザランにて……。


月龍の咆哮と呼ばれる、ララシャのしもべが持つ武技の一つ、深奥の一つであった……。


叫ぶと同時に、自身を中心に球状の波動を発して、周囲の物やエネミーを弾き飛ばしながら、大きな凍結と魔呪と物理の混合属性ダメージを与えるこの武技は、「対人必須」とされる鉄板の技術。


また、この波動は、触れた相手の術を弾き飛ばして掻き消すという、ゲーム内でも最強クラスの効果と使い勝手を持つ「攻勢防御」でもあり……。


出も速く、回避が困難な技だった。


そして。


ムーザランの武技や術などは、この世界、「剣と魔法の世界ファンタジアス」においては即死級の威力を持つ。


故に、回避不能の全体即死攻撃ということになる。


かつての勇者達は言うだろう。


———「いや、クソゲーでは?」


と……。




「な、な、何を考えているんだァ、お前はぁああ?!!!こんな、そんな、急に!いきなり何をっ……?!??!!」


静まり返ったパーティー会場。


奇しくも、最初に我に返り、非難の声を上げたのは、ことの発端たる砂漠の国サンドランドの王、テオドアだった。


逃げようにも、先ほどの激しい攻防は、時間にして一分もかかっていない。


皆、唖然としており、誰かが何かをする暇はなかった。


この英雄達、元勇者パーティの六人も、現勇者エドワードが何かやらかしそうだからとあらかじめスタンバイしていたからこそ、ギリギリで止められたのだ。


しかし、テオドアが叫んだ時には既に……。


「あ、あ、これ、これ、なんれおれのはらひれ……?!!」


その腹に、短剣が突き立てられていた……。


刺したのはもちろん、エドワード。


勇者エドワードである。


「死ね」


エドワードは、大凡人間らしい感情の火を灯さぬ、暗い色の瞳をしながら、無感動にナイフを捻った。


「あっ、あっ、あっ、あっ」


ぐち、ぐち。


蛇虫がのたうつような、生きた肉の塊を捏ねるような、生温かい音が響く。


「あっ!あっ!あっ!あっ!」


それは、胃の腑を掻き回し、命の雫たる血液が、太い動脈から溢れる音でもあり。


「あーっ!あーっ!やめやめろ!死ぬ死ぬしぬぅう!!!」


「死ね」


人が死ぬ、苦痛の音であった。


エドワードが、テオドアの腹から刃を引き抜く。


するとそこから、血と、糞と、細切れになった臓腑の欠片の混合物が、嘔吐のような、生物的な緩慢さと生々しさと共に噴き出て、撒き散らされ、生理的嫌悪を催す悪臭を放つ。


「い……、いやああああっ!!!!」


ここで我に返った、とある女貴族が悲鳴を一つ上げると……。


「うわああああ!!!」


「衛兵、衛兵ーーーッ!!!」


「に、逃げろーーーっ!!!」


パーティー会場は、瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄に早変わりする。


その真ん中で、エドワードは……。


「お……、ララシャ様、割れていないワインがありましたよ。いかがですか?」


愛する女神に、ワインを飲ませていた……。

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