第87話 月の戦士達

月龍教の信徒を集めて鍛えたのだが、ほんの二百時間程度ダンジョンで休みなく戦わせるだけで、何故か音を上げる奴が続出した。


完全に謎である。


……ん、ああ、いや、そうか。


人間は休息が必要なんだったな。


ムーザランの感覚が抜けなくて困る。何百何千もの厳しく辛い生活は、俺の正常な感覚を完全にぶち壊した……。


だが、俺とララシャ様が目をかけていたエマという鹿獣人の女神官は、二百時間ちゃんと着いてきたんだが……?


つまりこいつは、気合が入っている、ということで良いのか?


……多分そうなんだろうな。


俺からすれば、あの程度の難易度のダンジョンに二百時間潜る程度では、ムーザランの初期エリアで生活するのと何ら変わりはなく、あまり凄さが分からないが……。


この世界基準では、凄いことなんだろう。


いや本当に、ムーザランではこの程度の短時間のダンジョン攻略は、例えるなら「車に轢かれないように信号機を見て道を歩く」程度のレベルのこと、できて当たり前のことなんだが、この世界からすれば違うんだな。


認めることは認めて、褒める必要があるだろう。


組織を運営するのだから、俺にも相応の態度を求められるはず。


ララシャ様の顔を潰す訳にはいかんからな。


内心では……、いや、特に何も思ったり考えたりするほど、何か自分の強い意志がある訳ではないが、少なくとも、頑張った人間は褒めると良いらしい。


それは、薄れた地球での記憶でも、ムーザランでもそうだったはずだ。


「エマ」


「は、はい」


「よくやった」


「あ……!は、はいっ!」


こんな感じで良いだろう。


はい、では、エマに神官候補を任せて、ダンジョンで修行をさせる。


ララシャ様は、この世界の雑魚の皆さんでも使えるようなグレートの低くて使いやすい術をパッと開発して、それを神官達に下賜なさった。


で、エマの引率の元、神官達はララシャ様の術を習熟し……、レベルを上げる。


神官戦士達にも、同じくやらせた。


しかし戦士達は魔法が使えないとかなまっちょろいことを言い始めたので、歩く塵こと、ドワーフのセンジュを呼び出して、タリスマンを作らせる事に。


「えっえっ、何、何?何じゃ?」


「作れ」


「何をじゃ?!主語!いつも貴公は主語がないのじゃ!!!」


俺は、《鎮め石の指輪》を渡した。


《青色の鎮め石が嵌まった指輪。

鎮め石は、遠き時代から理力の乱れを整える智慧の石とされていた。

装備すると、精神力の最大値を少し高める。》


「作れ」


「う、うむ……。これは……、守り指輪かの?察するに、装備すると最大MPを一割程度増やすものか。神代の品とはいえ、低級品じゃな。できぬことはない」


「それを作れ」


「作ったとして、どうする?」


「月龍教の信徒の内、上位の神官兵士に渡す。その際に、武技をスロットに入れる」


「ふむ……、良いじゃろう。とりあえず、一週間で十個は作ってみせる。材料費は神殿に請求書を回すが、よいな?」


「技術費は取らないのか?」


「ふん、パーティメンバーの一員として、貴公の稼いだ金の一部が妾にも回ってきておる。妾への対価はそれでよい」


「いや、良くない。報酬を受け取らない人間は、その仕事に責任を持たないからな。料金は必ず神殿の窓口で請求し、契約書も作れ」


「わ、分かった、分かったのじゃ!律儀じゃのう、貴公は……」


お前らがふんわり善意でなんとかしようとするだけで、世の中はもっと契約というものが重視されているんだぞ、と。


俺は思ったが、あえて口には出さなかった。俺もこの世界の「世の中」とやらを殆ど分かっていないからな。




そうして、歩く塵ことセンジュに作らせた指輪の空きスロットに、俺は武技の刻印を刻んでいく。


刻印を刻む為の、隕鉄の鑿をセンジュが欲しがったので、くれてやる。もう数十万本持ってるし……。


で、刻印を刻むと……。


この指輪を装備した者に、刻印の通りの武技が使えるようになる、と。


そういうことだ。


ただ、刻むものが小さな粗製の指輪なので、大した武技は刻めなかったがな。


刻んだのは『鋤の構え』にしておいた。


構え系の武技は、発動して構えをとれば、その体制でいる限りは効果が発揮され……。


構えから選べる何種類かの派生攻撃は、シンプルかつ低燃費で使いやすい。


主に初期武器などにデフォルトで刻まれていることの多いのだが……、とにかく使いやすい!


俺がショートソードなどの飾り気のない武器を好む理由もそうで、普通の形でバランスの良い重心で簡単な武技の、そういうデフォルトな武器こそを俺は初心者にオススメしててだな……!


厨武器とか、火力だけ高い奇形武器とか、そういうんじゃあなくてだなあ……!


……まあ良いとしよう。


とにかく俺は、そんな風に、武技を刻印された指輪を、月龍教の神官戦士達に配り、武技の練習を命じておいた。


神官戦士達には、見どころがある奴は少ないが……。


ん?


「久しぶりだな、勇者の旦那。ケリー・マンダムだ。覚えているか?」


「……誰だ?」


「あんたに、王都大ダンジョンで助けられた冒険者パーティのリーダーさ」


……全く思い出せんな。


男は、丸鼻で、天然パーマがかかった茶髪をした、中肉中背の三枚目ってところか。


しかし、贅肉の中にもがっちりとした筋肉があり、戦士の体格ではある。


それが、月龍教の揃いのユニフォームということで作られた、青布を巻いた革鎧を着ている。


……これは、ムーザランの技術が流用されており、普通のものよりずっと性能がいいのだとか。


それに、同じくムーザランの技術が使われたショートソードと、ヒーターシールド。


鉄兜を被って、中軽量の戦士と言った様相だ。


「俺は、命を助けてくれたあんたの下で働きたいと思ったんだ。パーティを解散して、皆で月龍教に応募したんだよ」


「そうか。神官戦士は多い方が助かるな」


「ああ!これからもっと腕を上げて、恩返しするぜ!これからよろしくな!」


「よろしく」


そう言って、知らない男と握手をしてから、俺は更に月龍教の仕事をこなすのであった……。

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