第86話 清楚系神官
私は、月龍教の神殿の建設予定地で、久方ぶりの幸福を噛み締めていました。
あまりにも不幸な半生を振り返りつつ……。
……私の生まれは、獣人の国ビーストランド。
その、一般的な農村の農家に生まれて育ちました。
麦作りと内職、牧畜業をして過ごす毎日は、退屈だけど平穏で幸せだった……。
けれど、ある日。
村は盗賊の襲撃で焼き払われ……。
両親は生きたまま火の魔法で焼き殺され、幼かった弟は奴隷として売られて、私は盗賊達に何度も犯された……。
産んだ子供は取り上げられて目の前でオモチャとしてなぶり殺しにされ、私自身も死ぬ寸前まで痛めつけられました。
そんなところを、冒険者に救助され、ビーストランド王都へ移住……。
そこで、十三歳になるまで五年間、私は孤児院で過ごしました。
地母神教神殿の運営する、小さな孤児院です。
ビーストランドの孤児院は、この国、サーライア王国のそれのように、公的基金による運営ではなく、神官が慈善の心で運営しているもの。
もちろんそれは欺瞞で、身寄りのない子供達を、将来的に自宗教の駒にする為の洗脳教育をする場でしかありません。
なので、ビーストランドの孤児院での生活は、厳しい戒律に縛られて、辛い修行と勉強の毎日で大変でした。
また、孤児院でも、盗賊に犯されて出産した経験のある子供など、穢らわしいと虐められて育ち……。
やっと成人して神官になり、恋人ができるも……。
その男も結局は詐欺師で、私の財産を盗んで消えました……。
遂には、上役の不祥事のスケープゴートにされてビーストランドでの神官職も追われ、冒険者をやりながらこの国へと流れつき……。
そうして、やっと。
私を受け入れてくれる、月龍教の教えに出会えたのです。
この国どころかビーストランドにもその名が轟く大商会、赤狐商会の求人を見て。
新たな公認の宗教法人の設立を知って。
……最初は、安定した職場を求めて駆け込んだだけでした。
フリーの神官として、冒険者に混ざって戦場で魔法を使うだなんて、酷い生活です。
私もこう見えて、ビーストランドの地母神教神殿の副神官長だったんですけどね。なんででしょうね、おかしいですね。
人としての権利などない、流れ者の冒険者として生活して。
時には、寝込みを男の冒険者に襲われて犯されたり、仲間の冒険者に見捨てられてゴブリンの巣に置いてきぼりにされたり、そこからの救助の費用で多額の借金を背負ったり……。
色々ありました、色々やりました。
でももう、私も二十五歳。
本来なら、女ならば家庭に入って、子供を三、四人は産んでいてもおかしくはない歳です。いや、産んだには産んだんですけどね……。
とにかく、私はもう完全に行き遅れで、やれることと言ったら神官の仕事と簡単な農作業のみ。
完全に詰んでいて……、でも、このまま生涯を卑賤な流れ者の冒険者として生きるなんて、もう、耐えられなくて……。
一縷の望みをかけて、最期まで生きられる場所を求めて、月龍教の門を叩きました。
けれど、月龍教。
とても、良いところでした。
特に、教義が『いずれ滅ぶこの世界の延命』というのは、共感ができる話で。
そう、そうなんです。
いずれ、消えてなくなるんです。
私みたいに、幸せはすぐに、風化して崩れ落ちるんですよ。
絶対のものなんて、この世にありません。
この国の人々が信奉する建国王も、所詮はこの大陸の支配者だった程度の存在。
だって、私は、その建国王のおかげで幸せになれた訳じゃないから。
結局は、その建国王も、死んで何もできなくなって、私は不幸になったから。不幸な私は救われなかったから。
だから、そう、きっと。
本質的に、世界はいつもマイナスの方向に向かっていて、それを食い止めるために努力をして延命をして……、でも結局は消えてなくなる。
私の人生、仮初でも、嘘でも、幸せと言える瞬間はちゃんとありました。
でも、私は、それを長く続ける為の努力を、怠ったんだな、って。
そう、思うんです。
私がもっと真面目に働いていれば、両親も苦労しなかったし。
私がもっと強ければ、負けて犯されることなんてなかったし。
私がもっと美しければ、男に捨てられることもなかった。
私が、悪いんです。
だから、もう、もう二度と、失敗はしない、できないんです。
世界の延命を、しなくては。
滅びゆく世界を、私が。
私はそう思って、月龍教に入信しました。
最初は、外国から来た冒険者上がりの神官の私が受け入れてもらえるか、とても不安でしたが……。
エドワード様とララシャ様は、そんな私を温かく迎えてくださいました!
更に今では、私をより認めてくださって!神官長を任せたいと!
私は舞い上がるような、本当に、幸せな気持ちになりました。
ですが……、良い加減に慣れています。
もちろん、この喜びも、この嬉しさも、いずれは取り上げられて無くなってしまうもの。
でも……、無くなるのは今日ではありません。
この幸せな気持ちを持ち続ける為。
その為になら私は、なんでもできます、やります。
エドワード様に連れられて、一日中ダンジョンで戦いました。
夜を徹して、死んでも生き返らされて、ずっとずっと戦いました。
レベルを上げたら、経験値をララシャ様に捧げて、新たなスキルを手に入れました。
手に入れたスキルを鍛えました。
実はこの間、他にも神官候補がいて、その方達と一緒にダンジョンでデスマーチをしていたんですが、何故だかみんな辞めてしまって……。
確かに、エドワード様の元での修行は辛いものでしたが、私はもっと辛いことを経験してきたので、特に何も感じませんでしたね。
ただ、身体の反射として、疲労と苦痛で血反吐や血便が出るというだけで。
まあ、ビーストマンは頑丈ですので問題ありませんね。
そうして、血反吐を吐きながら戦って戦って……。
正式に神官長に着任して。
レベルも100まで上げていただいて。
もうこれで、幸せは奪われない、と。
そう、思いたいですね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます