第84話 素晴らしきことを啓蒙する
神殿の建設作業は順調だった。
王都の中心街に白亜の神殿、そこまで大きくないが建物を一つ。
そして、多神教であるこの国の、神々を奉る王都大神殿に、月龍教の祭壇が追加された。
有象無象の神々とララシャ様を同じ列に置こうなどと不敬だな、殺すか?
……そう思ったが、ララシャ様は「外様がいきなり目立つようでは、品がないとは思わぬか?」と仰せだったので、俺は全てを許したぞ。ララシャ様が仰ることに間違いはないからな。
神殿の建設は、まだ基礎作り程度しかできていないが、こちらの事務的な作業は大体終わったな。
ララシャ様直筆の聖典を俺が写本して増やして、それを役所に提出する。
……役所、あるんだな。
そもそも、宗教法人なのか……。
法人とか、あるのか。
相変わらずよく分からんなこの世界。
とにかく、宗教法人として登記は済ませて、営業自体はすでに始まっている。
となると、次に必要なのは……。
「信者か」
「うむ」
信者集めだ。
俺はこれから、王都を離れて色々と活動をする可能性が高い。
八魔将とかいううま味エネミーを見つけて殺したり、良い感じの景色をララシャ様にお見せしたり、やることがあるからだ。
そんな時に、月龍教の神殿に誰もいないようでは、ララシャ様の名誉に関わる……。
なので、月龍教神殿の留守を任せることができるような人材を、これから探さなくてはならない訳だな。
だが当然、俺が直接信者を探し回っても、良い結果が出るとは思えなかった。
となると……、こうか。
「ヤコ」
「はぁい旦那様ぁ♡」
使える奴を使う。
「月龍教の信者を集めたい」
「そう来ると思いましたので、既に募集をかけておりますわ!」
ふむ、やはり使えるな。
「……ですが、学歴や職歴は保証できる人々ですが、旦那様の女神様に忠誠心を持っている存在ではまだないことはご了承くださいませ」
確かに。
この世界に来たばかりの、この世界では無名でいらっしゃるララシャ様を見て、いきなり信仰します!などと言うような奴は信用ならないな。
「そして、わたくしが募集して集めた人員ですので、わたくしの紐付きと周囲には見られます。これも、よろしいですね?」
それも、妥当だな。
周りから見たら、ヤコがコネ目当てに自分のところの人員を、ネームバリューだけが大きい新興宗教に送り込んだと思われることは仕方がない。蒙昧な輩からすると、そうとしか見えん。
「良いだろう、問題はない」
「でしたら、わたくしの企業から選りすぐった人員をこちらに集めてあります。これから面接という形でよろしいですか?」
「頼む」
「はいっ!」
そんな訳で、宗教法人月龍教の事務員と警備員、そして神官を募集する。
事務員と警備員は、まあ普通に採用した。
ヤコの今までの信用もあるし、ヤコ推薦の人物をそのまま雇った形だ。
そもそも、今回の八魔将討伐の報酬金をそのまま月龍教の運営資金に充てたのだが、神殿の運営資金となると、報酬金も保って二、三十年……。
やはり、個人に渡される報酬金など、企業運営の資金と考えるとそこまで大きな額ではないな。
宝くじで十億円を当てたら、一個人なら遊んで暮らせるが、ある程度の大きさの企業が見れば年間予算にもならないってことだ。
そんな訳で、足りない分はヤコからの持ち出しというか借用でどうにかする。
ヤコにここまで頼っているのだから、その点において俺が色々と譲るのは当然だろう。
人間性はすり減り失って久しいが、悪戯に他者の信用を損ねるようなバカな真似をするほど、知能を失った覚えはない。
その気になれば力尽くで言うことを聞かせることは可能だが、その為に不毛な争いを延々と続けるのは完全に頭ムーザランだからな。俺は可能な限りは対話と交渉で済ませたい。
そんな訳で、ヤコの紐付きの事務員や警備員などのスタッフを、数十人ほど雇った。
そして神官だが……。
「こ、こんにちは。エマ・オールドブラッドです……」
ふむ。
白髪の、不安げで多動なビーストマン。
鹿のような角と耳、そして尾が生えた、若い女だ。
大きめの手のひらをワキワキと絶えず動かしているのは、虫の節足を思い起こされて不愉快だな。
目線もあちらこちらに向けられていて、息も荒く、明らかに尋常ではない。
まあ、ヤコの推薦なのだ、話を聞くだけ聞いてみるか。
「志望動機は?」
「わたっ!私は!月龍教の理念に共感したので、ここに来ました!」
「どう共感した?」
「わたし、私は、ずっとバカにされてきたんです……!でも、ここなら違うんです!理念が、私は、素晴らしく思って……!」
ふむ、話が通じにくい。
「どう共感した?落ち着いて話せ」
「あっ、ごめ、すいません。私、あの、私は、昔からずっと、思ってたんです」
「何を?」
「月龍教の言う通り……、『世界はいずれ滅ぶ』と、言うことを、です」
ああ、そうだな。
月龍教の理念は、いずれ滅ぶこの世界の延命という、環境テロ屋のような主張だ。
「み、みんな、建国王のお言葉は絶対とか、国は安泰とか、魔王は勇者が倒すとか、色々、色々言ってますけど。そんなの、分からない!分からない……じゃないですか!今こうしている瞬間にも、世界は消えて無くなってしまうかもしれないんですよ?!」
「そうだな」
「でも、私が、そうやって、そういうことを言うと、みんな、みんな、みんな、バカに……バカにして!バカにしてくるんです!ひどいです!歴史を見ても滅びなかった国なんてありませんし、無くなった制度や概念だって多い!」
「そうだな」
「例えば、人種差別の撤廃だって、確かに良い方向の革新、変化でした!でも、その前の人種差別という制度は悪いから無くなった訳じゃなく、時代の価値観に合わなくなったから消えたんです!今の良い価値観が、後の世で悪いとされて消え去らないなんて、誰が保証できるんですか?!良いものならずっと残る、永遠だ、なんてことは、ないんです!」
「そうだな」
「……で、でも!私も、今の世の中が嫌いな訳ではないんです。できれば、ずっと続いて欲しいです。でも、無理。無理なんです。だから私は、月龍教で、理念で、共に生きて!私は、この世界の延命をしたいんです!そして滅ぶ時には、できるだけ被害が小さくなるように努力したい!」
俺は、隣に座るララシャ様をチラ見する。
ララシャ様は……。
頷かれたな。
よし。
「エマ・オールドブラッド」
「え、あ、はい!」
「合格だ、神官として認める」
「あえっ、あ、え、は、はいっ!!!」
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