第80話 カルト宗教

月龍祭壇。


白石でできた、龍の頭骨。その額に、月の満ち欠けを記す幾何学模様が彫り込まれ、青と白の魔力が循環する……。


ムーザラン……、レジェンズアニマというVRゲームの世界には、シリーズ恒例の『信仰』システムがある。


これは、作中に様々な宗教があり、それを崇めて貢物を捧げることで、ステータスに補正が入ったり、崇めている存在から強力な武器や術を授けてもらえるというものだった。


もちろん、作中で神の一柱であらせられるララシャ様にも、当然にそのシステムはあり……。


ララシャ様を崇めて、ララシャ様の為にムーザランを終わらせ、世界の再構成を望む者達は、『月龍教』と名乗っていた……。


「……聖典、か」


この世界では、宗教はかなりオープンで、何を信仰しても自由らしい。


そんなこと、中世ヨーロッパで許されるはずもないが、そこはやはり建国王ヨシュアのやらかしというか仕業だな。


日本人特有のゆるふわ宗教感が、この国全てに広まっているんだとか。いつも通り意味不明だ。


が、とにかく、そんなもんだから、俺がいきなり宗教を作っても文句は言われないそうだ。


しかし、宗教をやるならやるで決まりは必要で、まず、宗教の教えを記した『聖典』を公開し、崇める対象である神を明示しなくてはならないらしい。


聖典……、聖典か。


「では、私が書こうではないか」


「ララシャ様!」


なんか、ララシャ様が書いてくださるらしい。


確かに、ララシャ様の為の宗教だから、ララシャ様が書くのも当然か……。


「それでですが、どのような教義を?」


「ふふふ、これは商人のそろばん弾きと同じことだぞ、我が剣よ。……この国には既に、信仰を集める宗教がいくつかある。故に私は、既存の宗教では拾え切れぬ者達を救わねば、しもべが集まらん」


「なるほど……」


「そして考えた教義だが……」


ララシャ様から説明を受けた。


……掻い摘んで言うと、『終末論』だった。


ララシャ様らしくて素敵だな!


説明すると、「この美しい世界も、やがては醜く老いさばらえ、死ぬ」と言うことがまず根幹にあり……。


世界の延命の為に我々ができることは何か?と言うことを問うていく、という教えだった。


確かに、ニッチ層にウケそうな教義だし、正しくもある。


この世界だって、いつかはムーザランのように滅ぶのだ。


だがまだその時ではなく、そんな時が遠くなるように、持続可能な社会を築いていくのが万民の使命である、と。


そういう訳だな。


俺もその思想には完全に同意する。


もう記憶も殆どが薄れて久しいが……、2200年代の、俺が生きた地球もそうだった。


多くの化石資源の枯渇、環境破壊、海洋の汚染。


日本はまだ、俺のような高所得者は自然に触れる機会も多少はあったが、殆どの国では、労働者はVR仮想空間でのみ自然を体感できるような有様でな……。


現実の肉体を完全に捨てて、脳をコンピュータに埋め込む低所得層の増加は、社会問題の一つだった。


他にも、慰安アンドロイドの流通による少子化と、それを補う為の試験管ベイビー。試験管ベイビーの遺伝子操作……。


そもそもの根本は、第三次世界大戦、そしてICBM……。


……酷い世界だった。


確かに、ほぼ全人類がVRゲームをやっていて、ゲームの文化は本当に進化していたのだろうが、裏を返せばそれくらいしか娯楽がない世界だったんだ。


外に出れば、死の灰や放射性物質と重金属を含んだ雨風にやられる地域も多かった……。


俺も、この世界にはそれなりに愛着も湧いてきた。


この世界を、あの、血のように真っ赤な重金属雨が降り注ぐ地球のようにはしたくない……。


「分かりました、ララシャ様。『終末に向かう世界の延命』と、そして『環境保護』ですね!」


「うむ」


その方向で調整をすることにした。




俺は、国に聖典を提出して、許可された場所に祭壇を設置し始める。


ララシャ様の崇高な教えは、どうせ、無知蒙昧な凡人共には理解できまい。


故にこそ、この祭壇である。


祭壇の設置は、この世界においては宗教法人の権限で可能な布教活動の一種に過ぎないのだが……。


……先程も言ったが、ムーザランでは祭壇の存在の意味が、この世界のそれとは異なるのだ。


そう、『加護』と『恩寵』である。


この世界のやり方で言うと、「ステータス補正」と「スキル付与」とでも言うのかね?


もっと具体的に言うとすれば、信仰して月龍教に誓約を捧げるだけで、技量と理力に+5の補正が得られる。


ホーン……この世界で言う「経験値」を捧げることにより、その量によって様々なスキルや物品が手に入る。ホーンを俺が集めなくても、不特定多数の信者から広く集められるのは素晴らしいな。


で、手に入るものは、ララシャ様のルーン術。


例えば、『ララシャの剣陣』や、『ララシャの円月刃』とか。


「ララシャの」と名が付くものは、ララシャ様の術だな。


特徴としては、魔呪属性と凍結属性を併せ持つ術であることだろうか?


ララシャ様は、戦士として見れば、純後衛の万能術師タイプ。


中距離から遠距離で即応性が早いタイプの術を連射して牽制しながら、大型の術で仕留める感じだ。


……まあ、どの術も、この世界の術と比べると極めて高火力高燃費な切り札だろうな。


そもそも規格が合わないから、弱過ぎる奴には使えないと思う。消費が重いので……。


しかしそれでも、この前の喋るアンデッドの八魔将がムーザランのルーン術を使っていた辺り、不可能って訳でもないらしい。


それに、どうしても使えないなら、消費が軽い『武技』を発動させるためのタリスマンの類を作っても良いとララシャ様は仰せだ。


基本的に、ルーン術と歌唱術はスロットに装備している分だけ。武技は、武具のスロットについているものだけ使える。


しかしそれじゃ手札が足りないってんで、術や武技をオートマではなくマニュアルで発動させることにより、装備していない術や武技を再現できるテクニックを、俺達は「武技再現」と呼んでいる……。


で、当然、この世界にはそんな器用なことができる奴はいない。


なので、あらかじめ適当な武技がスロットに設定されている粗雑なタリスマン(お守り)を配ると言う訳だな。


例え、「パリィ」や「貫通突き」のような簡単な武技でも、この世界の人々からすると、ある種の必殺技にもなろう。


総じて、ララシャ様の名声は高まるはずだ。


……とにかく、信仰することで直接のメリットがあるという、この世界にはないタイプの宗教だ。


まあ、神が即物的に恩恵をくれるなんて、普通に考えてあり得ないもんな……。


そんな訳で、公開した月龍教は、その終末論的な教えで気狂いにウケて、即物的なスキル付与に冒険者や兵隊にウケて、ついでに、俺の勇者としての名声がそれらを底上げし、なんだかんだでカルト的な人気を誇ることとなった……。


実際にカルトなので何の問題はないな。

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