第77話 その時のオークション
「では!現物が無いというのにオークションに出てきたと言うのかね?!」
緑色のベストを着込んだ、太鼓腹の中年が怒鳴り声を上げる。
ギラギラとした金銀宝石の嵌った指輪に腕輪にネックレスをじゃらじゃらと揺らしながら。
「ええ、そうですわ。ここにあるのは鑑定書のみ。現物は、わたくしの旦那様がお持ちです」
それに相対するは、ファー付きの赤いコートを羽織り、キセルを傾ける女傑。
狐の耳をぴんと立てつつ、毅然とした態度で中年に言い返した。
ここは、王都直営のオークションハウス、『エイビス』……。
あの、建国王ヨシュアが作ったという、非常に歴史のあるオークションハウスであった……。
高級素材であるトレントの木材でできた机、大理石の床、グリフォンの革と羽毛でできたソファ。
廊下には有名画家の絵画がかけられ、壺や置物一つとっても、庶民の年収を遥かに超える金額の高級品ばかりがずらりと並び。
オークションに出される宝物は、中には、一般人の一生分の賃金以上の、途方もない金額でやり取りされるものも珍しくないほどにはあった。
その、高級で豪勢な、大金持ちばかりが集まる空間で、中年と女は、強い語調で言い合いをしている……。
そして。
「ならば、その旦那様とやらを呼べ!今すぐに!」
「もちろんです」
《女商人ヤコが月華の剣エドワードを召喚します……》
「やっぱりこいつムカつくな。もっと刻むか」
「「「「えぇ……?」」」」
黒い襤褸切れにショートソードをザクザクと突き刺しつつ、白肌の龍姫を傍に置く、謎の美男子。
異様ながらも、見てくれだけは美しいそれに、女商人……ヤコが声をかける。
「旦那様、よろしいですか?」
「ん、ああ……。どうした?」
「武具の件ですが……」
「ああ、こいつが盗んだらしいぞ」
エドワードが掲げたのは、黒焦げになった肉の塊。
あっ、と。
何かを一瞬で察したヤコは、引き攣る顔を引き締め、即座に表情を取り繕い、笑顔で返答した。
触れるべきではないと判断したのだ。
「まあ!助かります!では、取り返せたのですね?」
「いや、そうではないが……、代わりはここにある」
ざっ、と。
懐というか、胸の中に直接腕を押し込んで、そこからぬるりと武具を引き摺り出すエドワード。
内なるホーンから武具を実体化させると、このような気持ちの悪い光景になる。
当然、オークションに参加している人々は、この光景の全てにドン引きしていたが……、エドワードが取り出した武具を見た瞬間に、全員が目の色を変えた。
「何だあれは?!」「素晴らしい逸品だ!」「家宝、いや国宝級だぞ?!」「あれ一本で、私なら王都の一等地を別荘ごと渡しても惜しくはない!」「何という珍品!是が非にも欲しいぞ!」「お父様、あれ、私の騎士に持たせたいわ」「私のフィアンセの護身用に……!」
貴族、大商人、高位冒険者……。
彼らは、各々が持つ審美眼やスキルで、エドワードが並べた武具を査定して、その末に「このオークション始まって以来の名品」と判断したのだった。
「おい、まだオークションを始めないのか?!」「執事よ!屋敷から追加の金をもってこい!」「これを競り落とせねば、貴族として恥だな……」「領地の筆頭騎士に持たせれば、ワイバーンすら単騎で狩れるだろうな……」「オークションを始めろ!ヤコ殿の商品は揃ったのだろう?!」
彼らはそう言って、オークショナーに再開を催促する。
普段は、彼ら上級階級の人々が、まるでヤジを飛ばす底辺ギャンブラーのような態度をとることはないのだが、流石に、あからさまな宝剣神具の数々を前にして、それが手に入るかもしれないとなると、声を上げずにはいられなかったようだ。
「ま、待て待て待て!あり得んだろうが?!鑑定書と全く同じ武具を、幾つも持ち歩いている?!そんなことがあるかっ?!!」
と、そんな当然のことを言う、緑のベストの太った中年。
赤狐商会に敵対する、緑狸商会の会長。『ゴンロク・ドングイ』である。
「常識的に考えておかしいだろう?!全く同じものがあるとはいえ、それは鑑定書のついた武具そのものではないのだ!であれば、鑑定書は無効だ!ノーカウントだ、ノーカウント!」
叫ぶゴンロクだが……。
「ならば、儂が品質を保証しよう」
「あ……、赤髭のガーランド、様……?!」
ドワーフ族鍛治師のグランドマスター、ガーランドがそう言えば、何も言い返せなかった。
そう、ガーランドも、ドワーフ族の元締めとして、仕事で王都に来ていたのである。
そして、ドワーフ族鍛治師の『グランドマスター』は、こと鍛治に限ってはこの国の王を直接怒鳴りつけることも許されるほどの、まさに国一番の鍛治師の称号。
Sランク商会である『緑狸商会』の会長とはいえ、その点に関して突っ込みを入れることはできなくなってしまった。
終いには……。
「まあ、何と素晴らしい魔杖なのでしょうか!こちらを購入したく思うのです!」
「し、しかし女王陛下。我がエルフの森には、あれほどのものを競り落とせるほどの貨幣は……」
「でしたら、対価として『エリクサー』を五本出すのです。それでは、なりませんか?」
エルフの森の女王が、圧倒的な力を持つ魔杖に魅了され、エルフの国の特産品にして秘宝である『エリクサー』を五本も差し出した。
「ガハハハハ!オークションに出品されると分かっていたからな!工房の金をかき集め、どうにか一本は買える額を捻り出した!」
「しかしガーランド殿、これでは一月は禁酒せねばなりませんぞ?」
「良い良い!勇者殿の魔剣の一本でも手に入るのならば、喜んで禁酒するわい!ワーハッハッハッハ!!!」
ドワーフのグランドマスターが、国庫をひっくり返して購入費を捻出。
「何と素晴らしい剣じゃ……!普段使わぬ金、使い時はここじゃろうな」
「け、剣聖様?!あれほどの剣を三本も……?!よろしいのですか、途轍もない額になりますよ?!!」
「なあに、儂の晩酌用の安酒代と、名刀があれば他は何も要らんよ」
伝説にも謳われる、剣聖バルシュ本人が、剣の品質を認め、三本も購入。
挙げ句の果てには……。
「……素晴らしい!この宝剣は、我が国の新たな国宝としようではないか!」
「へっ、陛下!よろしいのですか?!」
「うむ。これほどの名剣ならば、我が国の宝物庫の中央に、建国王の剣と共に飾るに相応しいだろう」
この国の国王陛下までもが、エドワードの齎した武具を求めた。
オークション始まって以来の大盛況。とんでもない大金が飛び交い、ヤコには、この国の国家予算にも匹敵するほどの金銭と、貴族並みの立場が対価として与えられ……。
そして。
「素晴らしい武具だ、勇者エドワードよ。お主のチート能力には、余は感服したぞ」
「「「「なっ……?!」」」」
尊き身分、国王本人が、エドワードに声をかけた……。
本来ならば、王侯は、平民などとは、特に冒険者という破落戸などとは口も利かない。
それが、直接の声かけをした……。
中世ヨーロッパ風ファンタジーの王と言うと軽く見えるかもしれないが、地球で例えれば、戦国時代の天皇陛下や産業革命前の女王陛下に直接声をかけられたようなもの。
それも、身元も知れぬ外国人にだ。そう考えると……、これはやはり、異例も異例。
そもそも、エドワードは普段の悪行や殺人数から、未だに公的な機関から『勇者』であることを認められていなかった。
しかしここで、王が公に、勇者と呼称したことは……。
「勇者認定だ……!」「まさか!」「新たなる勇者の誕生だと?!」「あれはデマではなかったのか?!」「勇者召喚の儀は、やはり……!」
エドワードを、勇者として認める。それが、この国の公式な見解だということになる……。
因みに。
「そうですか」
完全に虚無の顔をしたエドワードに反して。
「……っし!」
平伏しているヤコは、内心でめちゃくちゃ勢いよくガッツポーズを決めていた……。
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