第70話 王都ダンジョンの準備
娯楽はないので、ララシャ様に美味しいものを召し上がっていただきながら、俺は本を読んでいた。
睡眠も食事も必要ない『聾の者』の肉体を駆使して、朝から行列ができている人気ケーキ店などに並んで、良いケーキをララシャ様に買ってきて差し上げるなど、忠勤に励んでいる……。
生き甲斐。
その合間に、図書館から借りてきた本を読み、暇を潰した。
シーリスからおすすめされた、建国王ヨシュアの若き日を描いた冒険譚を読んでいたぞ。話が浅くて中々に笑えたな。笑えた、と言うのはもちろん皮肉だ。
とにかく、そうやって穏やかに過ごしていたところ、ヤコが慌ただしく部屋に転がり込んできた……。
「申し訳ございませんっ!!!」
土下座だ。
いつもの嫌味で偉そうな、お高くとまった態度は鳴りを潜めて、本気で謝ってきているように見える。
「どうした?」
「実は……」
何でも、厳重に保管していたはずの、オークションに出す武具……俺が渡したムーザランの品々が、何者かに盗まれたと。
そういうことらしい。
「何故だ?」
「……まず、警備状況は完璧でした。十年前からうちに勤めている、身元がしっかりした警備員を二十四人。シフト制で、常に八人は保管室におりました」
ふむ。
「その上で、魔紋登録がされたケースに納められているので、私以外には開くこともできないはずで……。更には、結界も二重に張っていました……。絶対に突破は不可能の筈ですのに……!」
なるほど。
「俺はどうすれば良い?」
「え?い、いえ、まずは謝罪を、と……」
「いらん。インベントリの肥やしになっていた低級の武具をくれてやっただけだ、別にそう騒ぐこともない」
「それは……、まあ、こう言う物言いはよろしくないですが、助かりますわ。ですが、こちらにも面子というものがあります!わたくしの店から盗んでおいて、タダで返すものですかっ!」
「で、犯人は?」
「……それが、全く分からないのですわ!痕跡も何もないのです!まるで、かつて勇者が使ったという伝説の『時空転移魔法』かのような、鮮やか過ぎる手口!手がかりの一つもないですの」
ふーん……。
「どうする?同じものを出すか?」
「え"っ?!まだあるんです……?!い、いえ!それは最後の手段としましょう!今は犯人探しです!」
「そうか。とにかく、盗まれたくらいなら問題はない。……話は終わりか?」
「あ、はい」
「そうか。こっちは明日、囮共とダンジョンに行くことにした。オークションの期日までには戻るつもりだが、遅れそうならこれを使ってくれ」
俺はヤコに、小さな金色の笛を渡した。
「ええと……、こちらは?」
「『同胞呼びの笛』だ」
《同胞呼びの笛》
《黄金色の金属で作られた、小さな呼び笛。
使用することで、同胞たる聾の者を呼び寄せる。
※オンライン専用アイテム》
「……つまり?」
「これを吹くと、俺が来る」
「なるほど!呼び寄せのマジックアイテムですか!珍しいものをお持ちですね、いや本当に……」
やはり勇者ということですか……、などと呟きながら、笛を懐(何故か乳の間)にしまうヤコ。
「今日はもう休む」
「はい。夕餉はいかがなさいますか?」
「ララシャ様がお好きなものを」
「承知いたしましたわ」
そうやって頭を下げるヤコを見送り、晩にローストした鹿肉を食べて、ララシャ様と抱き合い……。
夜が、明けた。
「うーん、むにゃむにゃ……。んへへ、もう食べられないですぅ……」
「起きろ」
「んぎゃっ?!えっ?!何?!」
「起きろ」
「エド?あれ?私のパンケーキは?!」
「起きろ」
「痛い痛い痛い!お、女の子の顔をビンタしますか普通?!」
「起きろ」
「うおおおお!!!もうやめて、やめろおおお!!!」
シーリスを起こした。
「ダンジョンに行くぞ」
「……まだ五時じゃないですか?!」
「朝だぞ」
「農家のジジババか何かです?!あと三時間くらいは寝かせてくださいよ?!」
「用意をしておけ」
次、アニス。
「起きろ」
「ふぁあ……、なんなのもー……って!うひゃあああ?!ちょ、ちょっと!女の子の部屋にいきなり入って来ないでよ?!」
「起きろ」
「起きる!起きるからちょっと待って?!」
「ダンジョンに行くぞ、支度しろ」
「うぅ……、ほぼ養ってもらってる身だから逆らえないけどさあ、もうちょっとあたしらに優しくしてくれても良いんじゃない?!まだ五時だよぉ……」
「歩きながら眠れ。守ってやる」
「後半の言葉は本当に嬉しいなっ!前半本当にキッツいけども!!!」
次、クララ。
「起きろ」
「は?え、ええと、朝の祈りの途中なのですが……?」
「ダンジョンに行くぞ、支度しろ」
「え、あ、はい。分かりました。ですが、他の皆さんはまだ……」
「起こす」
「え?!そ、その、まだ寝かせてあげた方が……」
次、ランファ。
……部屋にいない。
外か?
外にいた。
「あ!おはようにゃ、エドワードさん!僕は朝練中にゃ!」
「ダンジョンに行くぞ、用意しろ」
「ん、オッケーにゃ!ちょっと待ってにゃ、汗を流してから、武具を持ってくるにゃ」
聞き分けが良いな。
最後、ナンシェ。
「起きろ」
「起きている。エルフは、朝日と共に目覚めるからな。……朝から何用だ?」
「ダンジョンに行く、準備しろ」
「こんな早くからか?……まあ良い、貴様には逆らっても無駄だろうからな。だが、少し待ってくれ。準備には時間がかかる」
で、塵ことセンジュは……。
「な、なんじゃ?!こんな朝早くから?!」
「ダンジョンに行く。お前は?」
「う、うむ。冒険者としての資格はある故、控えのサブメンバーとして同行できるが……」
「支度しろ」
「い、いや、今……」
「支度しろ」
「う、うう……!分かった!分かったのじゃ!こんなことなら昨日の夜呑まねば良かった……!」
よし、これで、パーティメンバー?とやらは揃ったな。
ヤコの部屋に行く。
「ふえ……?え?!な、何事です?」
「ダンジョンに行く」
「こ、こんな朝からです?」
「行く」
「は、はあ。行ってらっしゃいませ……?あっ、で、では!お弁当や保存食の準備をしますね!ほんの一時間程度ですが、お待ちになっていただいて!」
「要らん」
「あー……、ララシャ様へのお弁当を作ろうと思うのですが?その間、パーティメンバーの皆さんはお休みになられておいては?」
そうか。
「じゃあ少し待つとしようか。ララシャ様!お弁当とのことですが、ご希望はありますか?」
「そうだな、では、ローストビーフと煮込み肉を。じっくり時間をかけて、な」
ララシャ様がそう言うと……。
「「「「ララシャ様ありがとうございますッ!!!」」」」
シーリス達はそう言って頭を下げて、リビングのソファで寝始めた……。
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