第67話 オークションに行く理由

「はいはいはーい!わたくし!わたくしが産みますわー!」


王都クラスバーグへの道中。


俺が、俺の種で子供を作るとどうなるか気になるなと言ったら、何故か女達が色めき立った。


中でも、商人のヤコは、うるさく騒いでいる。


こいつは、俺への好意を隠そうとしないからな。


ううむ……、だがしかし、俺は性行為がしたい訳ではない。


「俺はご覧の通り、『聾の者』だ。人ではない故に、生殖能力はなかった。だが、この世界に来たら、何故か生殖能力が復活……というか発生してな。ララシャ様にご懐妊していただく前に、俺の種の方に問題がないか確かめたい」


そう、そういうことなのだ。


ララシャ様とそういうことをしているのは当然だな、夫婦だから。


ただ、ララシャ様は神族であらせられるので、存在の根本的な構造が異なっていること、俺が未来なき『聾の者』で、生殖能力がないことは、ムーザランで確認済みのことだった。


しかしこの世界に来たら、肉体に変化が起き、ララシャ様も子を孕める身体に作り変わったと仰られていた……。


……ララシャ様の最大の望み。


それは、己が子をその腕に抱くことである。


呪いと死に満ち、律が乱れたムーザランでは、生命の発生が否定される。停滞した世界なのだ、あそこは。


人々は子を産まず、そもそも孕まない、孕めない。神々も狂い果て、生命の営みが続けられない。終わりの世界……。


その世界にいた俺達も、子供は望めなかった。


だからララシャ様は世界を一度壊して終わらせて、正常な律を刻む世界に作り直そうとしていらしたのだ。


それが、この……『剣と魔法の世界ファンタジアス』では違う。


正常な律、命の輪廻が正しく回るこの世界。


ここでは、ララシャ様にも子が望めるのだ。


ああ、だが、そう。


しかし、しかしである。


俺の種は正常なのか?


ララシャ様のお子を、正しく作れるのか?


それが気がかりなのだ。


故に、ララシャ様以外の母胎で試す必要がある。


……お優しいララシャ様のことだ。


もし、生まれてくる子供が例え『どんなに悍ましい化け物』でも、俺との子だからと言って心から愛するだろう。


だが、そんなことは。


ララシャ様の子が化け物だなどと、そんなことは!


あってはならない……、ならないのだ!


俺はそう説明をした。


ララシャ様は、先日にこの話をしてあるので、困ったように笑うだけだが……。


「う、うーん……、確かに勇気は要りますね。人間ではない子供を産む、かあ……」


「そうだね……。なんかあたし、軽く考えてたかも」


「エドワード様も、お悩みになられていらっしゃったのですね……」


女達は、悩み始めた。


まあそうだろう、普通は悩む。


と、そこで……。


「……やはり、勇者ともなると運もよろしいのですね」


ヤコが呟いた。


どういうことだ?


「こちらを」


ふむ?『王都オークションカタログ』……?


『毒避けのアミュレット』、五百万G……。


『メルセンヌ領シャトー・ボードレアン最高級赤ワインの八十年モノ』、八百八五万G……。


……『目玉商品!解答の水晶』、三千万G……?


「有名なマジックアイテムですわ。この解答の水晶は、手を翳して質問をすると、必ずその質問に対して『正しい答え』を返すのです」


ふむ……、要するにこういうことか。


「これを買って、『俺の子供はまともか?』と問う訳か」


「そういうことですわ」


ふーん。


「俺の子供がまともかどうかを確かめるのに、三千万Gかけるのか?」


「その価値はありますわね」


「……そこまでするか?三千万Gだろ?三代は遊んで暮らせる額だぞそれは」


「ええ、しますわ」


「そうまでして俺の機能を確かめて、何がしたい?理解に苦しむな」


「貴方の……、勇者の子を産むのは最大の栄誉ですが、それ以上に、能力と人格の合致した異性の子が欲しいと思うのは人として当然では?」


そうですか。


まあ良いんじゃないの?知らんけど。


しかし、ララシャ様以外で勃つだろうか?その辺が謎だな。




それは置いておこう。


最悪、ララシャ様は分体のような形で増えることもできるはずなので、俺の種はなくても良い。どうでも良いのだ。


純粋なララシャ様の子ならば、俺も心から愛せるし……。


と言うより、その辺のことはゆっくり考えれば良いんじゃないか?


未だ、ララシャ様へ居城の一つもお貢ぎできていない状況ではな。


とりあえず、移動の為に、いつものように神馬オルガンを喚び出して……。


騎乗し、ふと。


「……なあ、オルガン?お前は家族が欲しいか?」


訊ねてみた。


……オルガンは軽く嘶くだけで、何も答えない。


まあ、オルガンは馬のように見えるが生き物ではないからな。


半霊と言うか、精霊のような存在だ。


人の心など分からないし、こっちとしてもこいつが何を考えているか分からない。


それでも、俺の友人。最後まで裏切らなかった、貴重な友人だ。


……何せ、ムーザランで俺を友と呼んでくれた奴らは、全員俺を裏切るか気が狂うかして死んだからな!俺が殺しました!


言いたくはないが、万を超える周回の最中、ララシャ様を手にかけたことだってあると言えばある。


今のこの周回は、何度も何度も、頭がおかしくなってもなお繰り返し、その果てにある奇跡的な「今」だ。


ララシャ様だって……、こんな風に分かり合えたのは、この周回だけだった。


弱い頃は、ララシャ様にとって取るに足らない一兵卒だった。別の神に仕えていた時もある。恋人がいたり、友がいたり、色々な生き方をしたものだ……。


この周回を終わらせるつもりはない。


……こうなって、かえって良かったかもな。


ララシャ様の望みは、根元にあるのは子を産み育むこと。


その手段が、呪われたムーザランを終わらせること。


ムーザランを終わらせれば、また新たな周回が始まっていたのだから……。


実は俺は、ララシャ様に仕えながらも、ララシャ様の最大の望みをあえて叶えなかったってことだ。


酷い臣下も居たものだ。


まあ、ララシャ様もそれを理解している節があったがね。


……何でも良いか。


とにかく、俺は今嬉しい。


ララシャ様の本当の望みを叶えて差し上げることができる周回なのだから。

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