第60話 鉄姫
「スティーブン、行きますよ」
「はっ」
わたくしは、荷物をまとめて、高級宿から外に出ます。
立場上、護衛はもっといた方がよろしいのでしょうけれど、あまり数が多いと威圧的になりますからねえ。
それでドワーフ達に臍を曲げられたら困りますわ。
確かに、敵対している『緑狸商会』からの攻撃が、いつあるかは分かりません。
いくらスティーブンが腕利きとはいえ、護衛一人でわたくしほどの立場の人間が歩き回るのは危険でしょう。
ですが、ここが命の張りどころですわ。
商人として、退けない勝負をする。
大丈夫、いつもやってきたこと……。
四人のグランドマスター。
与し易いのはどう考えても、若い女である鉄姫センジュ……。
下手な商人は、「相手もそう思っているだろうから逆に難敵だ!」などと、勝手な予想から逆張りをするものです。
ですが、わたくしは違います。
わたくしなりの、商売の極意。
———「事実だけを見る」
これです。
数字を見るのです。
穴が開くほどに。
意見を聞くのです。
耳が遠くなるほどに。
敷き詰められたデータの果てにこそ、真実があるのですわ。
希望的観測も、逆に悲観的観測も、色眼鏡も何もなしに。
ただ、事実だけを見る……。
わたくしの放っている諜報員からの情報。
この街の、わたくしの商会の支店にいる社員達から聞き取りした情報。
工房の数字。
数多のデータ。
それを見た上での答えが、これなのです。
……工房は、それぞれがグランドマスターの配下にあり、ピラミッド型の組織をしています。
グランドマスターが頂点として、先代のグランドマスターの兄弟弟子である『マスター』達が作った工房が次点。
更にその次は、グランドマスターの直弟子である『マイスター』が。
マイスターの弟子が『アソシエイト・マイスター』で、そのまた弟子が『ブラックスミス』。ブラックスミスが一般の鍛治師。
というよりも、ブラックスミスと認定されなければ、鍛治師を名乗ってはいけません。
鍛治師を希望する者は皆、この街で修行をするそうですね。
そう、そして……。
鉄姫は、まだ五十歳の若造です。
五百年くらいは生きるドワーフからすれば、子供のようなもの。
そして更に言えば、まだ五十歳ですから、自分の工房はそれほど大きくないようなのです。
長く生きているドワーフには、弟子がたくさんいて、大きな勢力になっています。
そこにいきなり飛び込んでも、トップのグランドマスターには会っていただけないでしょうね。
ですが、そもそも小勢力である鉄姫には、会える確率が大きいと。
わたくしはそう考えておりますわ。
「こんにちは〜」
「あん?誰だあんた?」
おやまあ。
態度の悪い受付ですわねえ。
これ、うちの系列でやったら、懲戒ものですよ?
まあ、それは良いでしょう。
わたくしのプライドとか、気持ちとか、そう言ったものを商売の勘定に入れない。これは商人として当たり前のことです。
利益が出るならば、下げたくない方にも頭を下げる。これが商人というもの……。
そうでなくても、相手が無礼であっても、わたくしは無礼をしませんけれど。
わたくしは礼儀というものを弁えておりますので。
そんな訳で、鉄姫工房の態度の悪い受付ドワーフに、笑顔で語りかけます。
「こんにちは!わたくし、『赤狐商会』の会長、ヤコ・クズノハという者なのですが……」
「ふん!商会の名前なんぞ知らん!俺達ドワーフが、金勘定の話を好かんことも知らんのか?!」
ええ、知っておりますわ。
ですから、懐から「これ」を取り出します。
あらかじめ、旦那様から受け取っておいたのです……。
「それは……!『ドワーフ鍵』か!」
そう、『ドワーフ鍵』……。
ドワーフが、盟友と認めたものにのみ贈る、棒状の鉄細工……。
「この紋様は、ルーカスターに行ったマイスター、『禿頭のモンテス』のものか!モンテスは俺の同期なんだ、アイツの友なら、話を聞こう!」
「ありがとうございますわ!」
ドワーフ達って、基本こうしてコネを作らないと話もできませんものね。
それに、頑固な彼らは商人が嫌いですもの。ファーストコンタクトが一番難しいのです。
とりあえず、話を聞く体勢にはなってくれたようですね。
手間が省けて万々歳ですわ。
「だが、武具の買い付けなら、うちは、信頼できる『黄犬商会』にしか卸さないって決めてるんだよ。モンテスの友にわざわざ来てもらって悪いがな」
黄犬商会……。
武具関係は、職人集団である黄犬商会の専売ですわね。
「いえ、今回は、武具の鑑定書をいただきたく……」
「ほう、鑑定書?となると、ダンジョン産のドロップアイテムでも拾ったのか。分かった、見せてみろ」
「いえ、貴方にではなく……、鉄姫様に見て欲しいのです」
その瞬間、受付ドワーフの額に青筋が浮かぶ。
「テメェ……、飛び込みできた商人が、いきなり姫様に会わせろだぁ?!舐めんじゃねえ!モンテスの友と言えど、姫に対する侮辱は許さねえぞ!」
激昂されましたが、これはおかしくありません。
この街では、グランドマスターは「王」に相当しますので。
王にいきなり会わせろなんて、無理に決まってますわよね?
普通の国なら、ね。
「おとといきやが……」
怒鳴るドワーフに、懐から一本のナイフを取り出して、差し出しました。
わたくしの『かんてい』スキル、『しんびがん』スキル双方から、概算十億Gの予想金額を叩き出した『魔剣』……。
薄く霧を纏い、刃筋が軽く反っていて、白亜の金属から造られている美しい短刀。
『霞の刃』です!
「……待て。何だそれは?何だ?!これは……、凄まじい!何だこれは?!答えろ!!!」
急に興奮し始めた受付ドワーフ。
「見たこともない、何だこれは?!白い鋼だと……?それに、魔石も嵌っていないのに、どうやってエンチャントを継続して放出できている?!」
そう言って、霞の刃を手に取り、ドワーフらしい大きなギョロ目を、更に限界まで開いてじっくりと見ています。
「凄まじい……、凄まじい!何だ!何だこれはっ!この鉄の匂いの、なんと芳しいことか!専門ではないが、魔力の流れも美しい!」
霞の刃を、その辺にある紙に押し付けたり……。
「おおお……!何という切れ味!剃刀の数倍か!この切れ味を鋼で出すならば、髪の毛ほどの薄刃にせねばならんが……、そんなことをすれば刀として成立せん……。これはどういう業を使ったのか、皆目見当もつかん……!」
柄を握って、何かを確かめたり。
「むう……?!これは……!この感覚……、恐ろしいほどだ……。そして、恐らくこれは『神の鉄』の匂い……!ただでさえ強靭で鋭利な白い鋼に、複数の『神の鉄』を使って鍛え上げた……、それも複数回!悍ましい、これ一本で国が買えるぞ?!」
そうやって受付のドワーフが大騒ぎしていると、周りのドワーフ達も何事かと集まってきます。
「むうっ?!な、なんじゃこれは?!」
「神の剣か……?!」
「新たな国宝となるやもしれぬ」
そうして、鉄姫工房の職人達の心を掴み……。
「待たせたのう。妾が、四代目『ムラマサ』……、センジュじゃ」
本命とのコンタクトに成功しました……。
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