第57話 醜き白蛆

『げっげげげげ!こぉろす!こぉおろす!スワンケルドは、このまちは、わぁたしの、ものだああああああ!!!!!!』


醜い化け物になったスワンケルド領主は、その鋭い鉤爪を、素早く、そして無茶苦茶に動かした。


「っく!がああっ!」


それに相対するは、断罪騎士団。


だがこいつらはどうやら、PvP専門らしく、大物狩りはお得意ではないらしい。


「落ち着け!囲むんだ!」


得意の包囲戦法を試してみるも……。


「なっ?!き、効かない?!」


「こいつの皮膚、スライムのようにブヨブヨだ!」


「『いなずまのメイス』が弾かれるぞ!」


有効打を与えられない。


それどころか……。


『げげっげげ!ばく、ばく、ばく、ばく!!!!』


領主の頭にあるタコのような触手が、素早く蠢き、断罪騎士共を絡めとった!


「く、くそ!放せ!」


『ばくばくばくばく、ぶちゅる、がりがりがり……』


「ぎいっ?!や、やめ、やめろぉ!!!あ、あ、い、嫌だ、いや、いやだああああああ!!!!!!」


そして領主は、躊躇いなく騎士達を、頭の頂点にある円形の口に運び、鎧や剣ごと噛み砕いて、喰ってしまった。


中身がパンパンに詰まった、熟れた果実を噛み潰すように。


人体という名の肉袋が、ぱつんと弾ける。


その様は、粉砕機にかけられる廃品のようで、人間一人の死がまるで事務作業のように無機質に片付けられていた。


「たすけて」


「いやだ」


「しにたくない」


泣き喚く騎士達は、ベルトコンベアに並ぶ食品か。


回転する顎板の連刃に切り刻まれ、すり潰され、鉄片混じりのひき肉となった『元』騎士達を嚥下し、腐臭のような噫を撒き散らす。


醜悪極まりない、いよいよもって化け物だ。


ムーザランでは日常茶飯事って感じだが、どうやらこの世界ではそうじゃないらしく……。


「「「「き、きゃあああああっ!!!!」」」」


天幕内にいた一般職員や雑魚冒険者、領主の一般兵士達は、男女共に、女のような情けない悲鳴をあげて気絶した。


『ばくばくぅ……、わだじ、わだし、わたじの……、わだぢのものぉ……、まちも、ひとも、わだじのものだあ……!!!』


そして、倒れている人々や物を、その触手で掴み取り、どんどん食べて巨大化していく領主。


ははーん?なるほど?


少しずつ見えてきたな。


試してみるか。


俺はまず、自分に襲い掛かってきた触手を斬り飛ばす。


「この手応え……、打撃七割カット、斬撃三割カット……。やはり『星海類』か」


そして、確信した。


どうやってこの力を手に入れたのかはよく分からんが……、これは『星海類』の力だ。


今まではダンジョンやら野外やらで、『禽獣類』『不死類』『亜人類』などのポピュラーなエネミーはよく見てきたのだが、まさか『星海類』が出るとは。


ムーザランでも、地上領域にはあまり多くないのだが……。


まあ、明確な弱点がある分、『神』よりはマシだ。


俺は、インベントリから対星海類用の特効武器を取り出す。


《「貫穿の」銀杭の大槍》

《退魔の力が篭る聖銀の杭を、無理矢理槍にしたもの。

神秘を理解し得ない聖墓蛮人は、聖なる封印杭を引き抜き、敵対者を貫く槍へと加工した。

奇しくもそれは、神意を蔑ろにする蛮具でありつつ、邪悪なるものに対しては覿面な神聖属性を纏っている。》


輝く銀杭を、鉄巨人の遺骨に埋め込んだ大槍である。


凄まじい頑丈さと、それと、『武器変質加工』をせずともデフォルトで神聖属性を帯びる良武器だ。


それに、更に駄目押しの『変質加工』をかけて、『貫穿の』に変質させ、『刺突属性』の攻撃力を極限まで高めてある。


そして……、マスクされている能力なのだが、この武器には『星海類』に与えるダメージが1.2倍になるという特性がある。


俺は、普段は癖のない店売りの武器を使うが、場合によってはこういう特殊武器を使うことを厭わない。


だから、『万能マン』と、どんな存在にも対応できるプレイヤーだと言われていたのだ。


さあ、行くぞ。


『げ、げ、げげげえ!!!!』


既に、30メートルほどの巨体となった領主。


贅肉で丸々太った身体は、二足歩行ではバランスをとりきれず、陸上で行動するゴリラのように、二足歩行と四足歩行の中間のような動きになっていた。


そして、腕には、喰らった街の石材や鉄などから生成された棍棒が。


棍棒をめちゃくちゃに振り回すと、街は崩れて人々は潰される……。


ぶん、ぶん、だん。


ぶん、ぶん、だん。


なるほど、パターンは読めた。


まず横にぶんぶんと振り回す。


そして、スタミナが切れると、上から下への振り下ろしでコンボフィニッシュ。


よし来たぞ、ぶん、ぶん……、今。


俺は、領主が振り下ろした棍棒に、タイミングよく飛び乗る。


そして腕を駆け上がり……、武技発動。


《大跳躍》


更に。


《降臨撃》


高いところから落ちると同時に、真下に向けて強力な刺突攻撃を行うという《降臨撃》を全力で放った!


『ぶ、ぷふ、ぶがああああ!!!!』


パンパンに膨れ上がった水風船に針を刺すかのように。


赤黒い、腐臭のする血液をぶち撒けながら、領主の土手っ腹に風穴が空く。


『ぎざまあ!!!!』


だが、まがりなりにも『星海類』だな。


土手っ腹を突き破ったくらいでは死なない。


星海類には、複数の心臓と複数の脳があるのが当たり前。


今貫いたのは、領主の一番大きい心臓だ。


「次は脳」


そう呟いて俺は再び《大跳躍》からの《降臨撃》で、今度は、体勢を崩したことにより地面に近づいてきた頭を吹き飛ばしてやった。


『ぴぎいいいいい?!!!!』


甲高い、生理的嫌悪を覚えるような悲鳴を上げ、腐臭まみれの青白い肉片を撒き散らしながら身を捩る領主。


落下する腐肉に当たって人々が死ぬが、まあ、守る義理も必要もないので問題ない。


あ、そう言えば、囮共は気絶してその辺に転がってるぞ。


お優しいララシャ様は、囮共を回収して一つにまとめて置いてくれたらしい。


あんなカスゴミデコイ共にまでお慈悲をかけてくださり、その威光を遍く者達に届けんとなさっている。


やっぱりララシャ様は最高だな。一生信仰します。


で、領主の方は、大きな脳と心臓を穿たれてパニックになっているようだな。


ん、いや、これは……。


『ぐげげげげえ!!!!』


ほう、考えたな。


街の建材を鎧のように身に纏ったか。


確かに、重厚な鎧を着た存在に対しては、刺突攻撃は効きにくい……。


「だが、俺が打撃を使わないと言うのは希望的観測が過ぎるんじゃないのか?」


はい、武技発動。


《蹴撃》


俺の蹴りが、建材の鎧に突き刺さる。


そして、爆ぜるように鎧が剥げる。


そこに、槍を突き入れてダメージを与える……。


新たな行動パターンはない。


終わりだな。


ルーチンワークになった時点で、もう俺の負けはない。

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