第51話 法の隙間
「エドワード!拙いぞ、『ブラックマンズ』だ……!」
エルフの狩人、ナンシェは俺に耳打ちした。
ブラックマンズ……?
何だったか……?
ああ、思い出した。
俺の後ろ盾(?)である赤狐商会の商売敵にして、五割の徴税をこの街の冒険者に課している緑狸商会。
その直属の組織だったな。
緑狸商会は、傭兵業や冒険者関係の利権に深く食い込んでいるとか。
となると、この黒づくめの集団は、傭兵団か。
身のこなし、足捌き、目付け……。そういうところから簡単に分かるが、モンスターよりも人を殺すことの方に慣れている存在だと容易に察せる。
武装も小物で、対人用だ。
モンスターと戦う冒険者は、大型の重い武器で人外たるモンスターを叩き殺すのだが、この男達は技量をもって取り扱う曲剣や短剣などを扱っている。
その中で一人。
黒いフードと、鼻と口を隠す布マスクをした、革鎧の剣士が……。
「止まれっつったぞ、ボケ!」
ファルシオン……、先端の重さで叩き切る曲剣を抜き放ち、俺達に向けてきた。
「エネミーか?」
俺が前に出ようとする。
「エド、ステイ!」
だが、シーリスに腕を掴まれた。
その間に、ナンシェが前に出る。
「お前達、何のつもりだ?!」
凛々しい声を張り上げたナンシェは、胸を張り堂々と、しかし弓矢を手に持ち警戒しつつそう言った。
「お前ら、誰の許可取ってこの三階層に入ってきたんだぁ?!」
「ダンジョンに許可も何も……」
「ここではあるんだよ!勉強になったなあ?!さあ、金を出せ!それとも、ここに来るまでに手に入れた素材の半分でもいいぜぇ?!ひゃはははは!!!」
「ふ、ふざけるな!そんなことが許される訳ないだろう?!」
ふむ、なるほど。
つまりこれは恐喝というやつか?
でも、徴税権も持っているって話だったしな。
一応聞いてみるか。
「これは徴税か?」
「んー……?ああ、そうだったな!そうだそうだ、徴税だ!」
「なら払おう」
俺は、素材を半分置いて行った。
「へへへ、物分かりが良いなオイ!長生きするぜぇ〜?」
「エドワード!何故あんなことをした?!」
無事に三階層を攻略し、ショートカット(転移門)を解放した俺達は、冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
「何故か?おかしなことを聞くな。徴税には従わなきゃならないだろうに」
「あれが徴税な訳ないだろう?!」
「だが、俺は確かに、『ブラックマンズ』から徴税を受けた」
「だ、だから、あれは別働隊でだなぁ……!」
何を言っているのやら。
「事実だけの話をしろ。憶測は不要だ。勝手に妄想して設定を付けるなよ」
考察スレじゃあるまいし。
いやまあ、考察スレに入り浸ってた俺が言っても説得力がないと言われればそれはそうなんだが。
さて、冒険者ギルドにたどり着いたな。
では早速、報告をして、と。
「帰るか」
お開きにしよう。
「おう待てよ!納税がまだだぜ?!」
おっと?受付にそう言われたが……。
「納税か?俺は、ダンジョンの三階層でブラックマンズに納税をした」
と、『事実』を伝えておく。
「ハッ!知らねえなあ?納税の窓口はここだぜぇ?」
ふむ、大体分かっているが、こちらの主張を押し付けておこう。
「それこそ、俺も知らん。俺は確かに納税をした。二重取りは違反だな?」
「あ"ぁっ?!テメェ、この俺達が嘘をついてるとでも言うのかよ?!」
「さあな。だが、俺は既に払った。もう払う必要はない」
そう言って俺は、囮共に分前をくれてやる為、ギルドの机の上に拾った素材を広げた。
素材は、三階層でブラックマンズにカツアゲされた『三階層道中の雑魚モンスター』のものはほぼなく、『ブラックマンズ遭遇後にボスを周回して手に入れた素材の山』だな。
結果的に徴税された量が大幅に減ってしまったが……、俺はしっかり『ルールを守っている』からな。
何も問題はないはずだ。
俺はそう主張した。
「ふ、ふざけるなぁっ!!!」
が、いきなり怒鳴る受付の男。
「通るかっ!そんなもん!許されて良いはずがねぇ!!!」
そうなのだろうか?
「では、具体的に、何が違反しているんだ?俺はしっかり、『この領地の法律書』と『この国の法律書』を丸暗記しているんだが、これは俺側に違法性はないぞ」
ああ、あらかじめ、ヤコに頼んで法律書を取り寄せてもらっておいた。
にしてもこの世界の人間も中々にアホだな。
伝え聞く様相から、恐らくは学生の『建国王ヨシュア』……。
このバカガキの浅知恵で、『教育の充実』や『差別の撤廃』などがこの世界に中途半端にインストールされ、面倒になっているとは前も言ったはずだ。
だが、浅い、浅い。
浅知恵なんだよ。
『明文法を用意する』ってのは確かによく考えたな、2000年代程度の学生にしてはよくやったよ、褒めてやろう。
だが、立法の知識はなかったようだな?
法律は俺から見れば穴だらけで、いくらでもこうやって裏をかける。
そもそも、日本という民主主義国家と、絶対王政にして地方によって法律が違うこの世界とで、日本の、それも二十世紀以降の法律を無理矢理再現しようとすれば、歪で使い物にならないと何故わからんかね?
とにかく、俺は、『法律は守っている』んだよ。
この場合、徴税した側に責務があると、法律書には記されている。
いやぁ、馬鹿らしいな、笑える。
この件に関しては、建国王ヨシュアが、「弱き民から徴税を二重取りしては〜云々」と、善意でこちら側に有利な国法を定めてくださっているからな。
国法だから、領主にも覆せない。
こちら側の勝ちだ。
俺がそう説明すると、受付の男はこちらを睨んで奥に引っ込んだ。
うーん、やはり、どこの世の中も賢い奴が得をする世界だな。助かるものだ。
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