第37話 女狐の地位

「……つまり、対人では、真っ直ぐな軌道で飛んでくるいつ来るか合図がある攻撃なんて、『どうぞ避けてください』と言っているようなものなんだよ」


「いや無理でしょ……」


「逆に言えば、あの攻撃を首をずらすくらいで避けられないと、ムーザランでは初心者扱いだぞ」


「どんな地獄なんですかそこ????」


「どんな地獄か?うーん、考えうる中で最悪の、常にこちらが最もやって欲しくないことを延々とやってくるような地獄だな」


「最悪ゥッ!!!!」


俺は、シーリスと無駄話しながら、スワンケルドへ向かっていた。


オルガンについての説明はもうスルーされた。もう皆、色々と諦めたとのことだ。


で、シーリスが大きい馬に乗りたいとガキみたいなわがままを言って来たので、乗せてやった。


オルガンのパワーは巨人を撥ね飛ばすくらいはあるし、痩せた野良犬みたいなガキ一人の荷重が増えたところで何の問題もない。


「そろそろ休憩しますよー!」


そうしてしばらく移動していると、ヤコが呼びかけて来た。


なので、オルガンを帰して、俺はその辺の岩に座り込む。


休憩なんぞ、俺にもオルガンにも、ララシャ様にも不要なのだが……。


まあ、周りの常人に合わせてやろう。




たまに、ちょこちょことエネミーが出るが、基本的には雑魚ばかり。


「いやいやいや!オークとか出たじゃん?!オークだよ?!Cランクモンスターだよ?!しかも群れで!!!」


アニスが騒ぐが、まあ、雑魚ばかりだった。


そうしてしばらく移動すれば、スワンケルドという街に到着する……。


……移動にはかなり時間がかかったな。


オルガンなら、駈歩でも旅客機並み、襲歩ともなれば音速を超えるのだが……。


急ぐようなことはないから良いかね?


ララシャ様ものんびり風景が見れて楽しいと仰せなので、俺は納得した。


ララシャ様を楽しませることは全てに優先するからな。


で、だ。


スワンケルド。


水の都スワンケルド、だそうだ。


白亜の石材が敷き詰められた美しい街には、幾つもの河川が張り巡らされている。水の都の名の通りだな。


河川は、物流の動脈となるだけでなく、観光資源ともなっているようだな。


最大の特徴として、街の中に水没した建物が幾つもあり、そこに『マーメイド』という種族が住んでいることか。


マーメイドはそのまま、人魚みたいだ。


魚の下半身と水かきのある手が特徴の、亜人と言う奴だ。


それを言えば、ルーカスターには武具屋をやっているドワーフがいたな……。


狐獣人であると名乗るヤコも、この辺りでは『ライカン』や『ビーストマン』と呼ばれるのがメジャーだとか。


因みに、ヤコの出身地である『アズマノクニ』方面では、獣人と書いて『ケモノビト』と読むのがメジャーとのこと。


で、マーメイド達は、この街で生活する国民のようだな。


亜人にも住民権はあるらしい。差別とかはないようだ。その辺の人種によらない平等の意識の形成などにも建国王ヨシュアが関わっているそうだが……、興味はない。


近くの海での漁業や、舟を曳く船頭、歌手業などに従事しているとのことだ。


特に、マーメイドの歌手は『セイレーン』と呼ばれ、この街の名物の一つなんだとか。


ふむ……、ララシャ様に捧げる歌の為に、新曲を仕入れるのも良いかもしれないな。




街への入門はすんなりと終わった。


ヤコが身分を保証すると言うと、それだけで門をくぐれたのだ。


どうやら、ヤコには、商人ギルドとやらでの伝手があったようだな。


何だかよくわからないが、中世世界の分際で、ギルドはワールドワイドな利権団体らしく、他の街でもギルドの威光が通じてしまうらしい。


もう本当に意味が分からないのだが、とにかく、このギルドのおかげで物価や雇用が安定しているらしいので、俺は特に口出しはしないでおこうと思う。


経済はそこそこに理解しているが、この世界って経済中心ではないっぽいからなあ……。


「フフーフ、驚きましたか?」


「何の話だ?」


「入門の話ですよ!待たされずに素通りできたでしょう?」


「そうだな」


確かに、ずらりと並ぶ門前の行列を完全無視して、別のレーンから入門できたからなあ。


VIP専用の飛行機のレーンみたいに。


「実はこのわたくしは、この若さにしてSランク商人なのです!」


「はあ、そうなのか」


「この国に六社しかない大商会の会長、Sランクですよっ?!もっと驚いてください!」


「どれくらい凄いか分からんからなあ……」


この世界の経済規模とか調べてないし……。


と言うより、俺を驚かせて、ヤコはどうしたいんだろうか。


意味不明だな。


「うちは総合商社で、建国王ヨシュア様の『コンビニ』を再現し、郵便や流通のシステムを整備して、製造業や人材育成にも手を出しているんですよ?!凄いんです!貴方のお嫁さんは凄いんですよ!!!」


「は?俺の嫁はララシャ様だが????」


「あ、じゃあお妾さんでも良いです」


「まあそれなら……」


「とにかく!わたくしは凄いんです!もっと褒めてください!」


そんなことを言われても……。


だがまあ、話を聞いていると、赤狐商会は日本企業で例えると、セブン&アイ・ホールディングスと日本郵便とJRを組み合わせたかのような馬鹿みたいにデカいグループであると気付けた。


前は事業規模は聞かずに内容だけ聞いていたから知らなかったのだが、規模がもの凄い。


その辺にあるコンビニ的な百貨店やスーパーは、大抵こいつが元締めみたいだな。


通りで、付いてくる護衛も百人を超えているもんだ。


「他にも、Sランク商会は五つありますから、これを機に覚えておいてくださいな、旦那様?」


物流と小売を支配する赤狐商会の他に……。


青鳥商会、緑狸商会、黄犬商会、黒猫商会、白蟹商会があるそうだ。


青鳥はサービス業などを取り仕切る商会で、人材派遣会社の雄らしいな。また、食料品の取り扱いもするとか……。


緑狸は傭兵や冒険者などを使う警備会社……、と言う名目で何でもやる裏の人材派遣会社。表向きには総合商社で登記(登記なんてシステムがこの世界にあるのか?ってツッコミは横に置いておけ)しているらしい。


黄犬は製造業を中心とした職人団体。


黒猫は魔法関連を一手に引き受ける。


白蟹は地権を持つ権力者が多い不動産業者で、建築もやる。


「……とまあ、そんな感じです。わたくしは貴方の役に立ちますよ?だから、貴方もわたくしの為に働いてくださいね?」


ああ、商談だったのかこれ。


自分を高く買って欲しかった、と。


だが……。


「そう言われてもな。俺はララシャ様にお仕えするだけだ」


と、そう返す他ないぞ。

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