第27話 優しき悪人

「お、お姉ちゃんを虐めるな!!!」


ガキ共は、ガラス片を研いだものにボロ布を巻いたナイフもどきをこちらにつき付けて、スリ女を庇うように前に立つ。


なんだ、またエネミーか。


的が小さいからやりづらいな。


まあ犬とか言う害悪エネミーではない分マシよ、マシ。


俺は剣を抜こうとするが……。


「待ってください!子供を斬る気ですか?!」


と、シーリスに止められる。


「駄目なのか?」


「駄目に決まっているでしょう?!相手は子供ですよ?!」


「だからなんだ?エネミーは殺すべきでは?」


むしろ小型ですばしっこいエネミーは先制攻撃で即座に黙らせるべきでは?


「敵じゃないですから……。とにかく、話を聞きましょう」




スリの女は、アニス・ウェットランズと名乗った。


黒の短髪に褐色肌の女だ。


顔つきは中性的で、薄汚れて髪も短めなので、少年のようにも見えるな。


裾の広がった半ズボンに、肩と腹を出すホルダーネックの上着、それにナイフを二本。頭には柄の入ったバンダナを巻き、指には印章が入ったプラチナの指輪が一つ。


こいつの軽く話を聞いた限りでは、スラム街出身のスリらしい。


一応、冒険者としての身分もあり、Dランクの斥候なんだとか。


だが、その割には所作に気品があるし、頭も回る。


スラム街出身というのは嘘かもしれんな。


後で聞いた話だが、黒髪と褐色肌は、砂漠の民とやらの特徴らしい。


サンドランドなる、国土の殆どが砂漠になっている国が東の方にあるそうだが、ホーンが稼げないところに興味はないな。


「はい、ポーションです。飲んでください」


倒れたアニスを、シーリスが介抱する。手持ちの薬品を与えているようだ。


「あ、ありがとう……」


ポーション?とかいう薬品を飲むと、傷が治るそうで。それにより傷を治したアニス。


因みに、俺はポーションを飲んでも殆ど回復しなかった。


ララシャ様の見立てでは、薬剤に込められた魔力が小さ過ぎて、俺の傷を癒すには至らないとのこと。


回復アイテムはちゃんとあるし、音溜まりで休めば補充されるのもある。


何も問題はないな。


「あ、あたしは、スラムの子供達に少しでもまともなものを食べさせてやりたくて……。スリが悪いことだってのは分かってる。けど、あたし達みたいなのはこういうことでしか稼げないんだ……」


うーん、なんかよく分からん独白を聞かされてしまったぞ。自分語りとかされても困るんだがな、一切興味ないし。


で、これは何かのフラグになる会話とかですか?


これを覚えておくと後々で何か起きるとかそういうアレだろうか。


重ねて言うが興味はない。


まあその辺の些事はシーリスがやってくれるらしいし、丸投げしておこう。


「そんな……。領主様は助けてくれなかったんですか?」


シーリスが問う。


「助けてくれたよ。でも、開拓都市であるここでは親が……大人達がどんどん死んでいく。だから孤児もどんどん増えていくし、そもそも財政に余裕がない。領主様は税率だってギリギリまで調節して、あたし達孤児を支援してくれている。それでもなお足りないんだ……」


悔しそうに俯くアニス。


「エド……、その、お金を渡しても良いですか?」


シーリスが、金貨の入った袋を持ってそう言う。


確かこの金貨は、俺の装備を整える為の金で、数万ゴールドはあるはず。


それを丸々くれてやろうとしているらしい。


アニスがシーリスからスリとったのは、シーリスの今月の生活費である千ゴールドが入った財布だそうだ。金貨がたんまりと詰まった数万ゴールドの袋はとらなかった。


因みに、月に手取りで千ゴールドというのは、俺が生きた時代の地球の価値観に換算すると、極貧フリーター生活って感じだろうか?


古いアニメとかで、貧乏キャラがもやしとか素パスタとかを食べているシーンがたまに見られるが、そういうイメージだな。


なお、二十三世紀の地球では、天然素材そのまま食ってるやつは金持ちしかいない。普通は植物やバイオ肉などを人工食品に加工する感じだ。


……ん?いや待てよ?


「なんでお前、月の初めなのに千ゴールドしか持っていないんだ?」


好きなだけ持っていけと指示してあるんだがな。


「いや流石に、囮だけで何千ゴールドも貰うのは良心が咎めると言いますか……。そもそも、毎月二千ゴールドももらってますよ?」


「千ゴールドはどこに消えたんだよ」


「実家への仕送りです」


あっはい。


「いやあ、エド様様ですよ!仕送りをして、更に(ボロい)宿に泊まれて、一日二回も食事できるんですから!」


お、おう……。


通りで、俺と暫く行動を共にしているのに、しみったれた野良犬みたいな見た目のままだったんだな。


細い痩せた矮躯、女とは思えない薄い胸、薄汚れた身なりに、ボロ布同然の服。もちろん、使える魔法も増えていない。技能も能無しだ。


「あ、あのさ、あたし、全然そっちの事情とか分からないけど、もうちょっと貰ってもバチは当たらないんじゃないの?」


と、アニスが遠慮がちに呟いた。


「ええ?だってうちのお母さんも、毎月休みなしに働いて月二千ゴールドと少しくらいしか稼げてませんでしたよ?こんなものなんじゃないんですか?」


「いや……、スリのあたしだってもうちょっと稼いでるから……」


「そ、そうなんですか?」


「まあ確かに、あたしも孤児院に殆ど寄附しちゃってるから、手元には残ってないけどさあ……」


その辺はどうでも良いか。


連れが見窄らしくても俺は気にしないし。


別に全裸でもなんとも思わんくらいだ。


金なんて要らんから好きにすりゃ良い。


「あ……、そうだ!それなら、私達とパーティを組みませんか?」


シーリスが思い付きをそのまま口に出す。


俺の許可とか取らない辺りお間抜けだな。俺は別に囮が何匹居ても困らんから口出しはしないが。


「パーティ?良いの?あたし、盗賊だよ?」


「構いませんよ!エドはお金に頓着しないので……」


「因みに、いくらくらい稼げるの?」


「先週の狩りでは七十万ゴールドが……」


「……はあ?!え、えっと、どれくらい貰って良いの?」


「好きなだけ持っていって良いそうですよ。でも私は、囮くらいしかできてないので、月二千ゴールドしか貰わないようにしてますが……」


「詳しく聞かせて!」


そんな感じで、盗賊のアニスが仲間になった。

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