第11話 手合わせ

ララシャ様がそういうなら、そうする他ない。


割とそう言うとこあるからな。


俺のことをやたらと周りに自慢したり、俺を操縦したりしたがる。


ムーザランの価値観では、強い騎士を従える貴人はより尊いみたいなものがあるからだろう。


そう、意外なことに、騎士の美しさや礼儀正しさよりも、強さを注視される。


王の中には、強いからと言って卑賤とされている半獣を従士にする奴もいたくらいだ。


更に言えば、伴侶に武具を贈り合う風習などに見られるように、強い騎士、強い伴侶、強い隣人はステイタスなのだそう。


それを言えば、ララシャ様の従者兼夫である俺は、ララシャ様の為に誰よりも強くなきゃならないな。


よし。


ララシャ様のマウント取りの為、俺は目の前の領主ソライルを軽く畳んでやることにした。


「さあ!いつでも良いぞ!かかってこ……」


武技発動。


「『霞の踏み込み』」


霞の踏み込みだ。


これは、その名の通り、踏み込みの際に一瞬だけ霞となり、当たり判定を消失させるステップだな。


そもそも武技とは、ムーザランの武器一つにつき一つセットされている、精神力消費により繰り出せる必殺技のことなのだが……。


実はこの武技、その武器を持っていなくても、武技を使う感覚を再現すれば使えるという裏技がある。


これを『武技再現』という。


つまり、本来は短剣系の武器にのみセットされている武技『霞の踏み込み』を、手持ちの武器が木剣でありながらも再現できるって話だ。


他にも、魔法の杖を装備していないと魔法が使えないのだが、『武技再現』を極めれば、素手で魔法を発動できる……、などと、対人においてアド過ぎるので、高レート帯ではほぼ必須スキル扱いだな。


具体的にどうやるかは聞くな、完全に感覚の話だからな。


まあ、自転車に乗る感覚みたいなもんだな。一度できれば忘れないけど、コツを掴むまでちょっと頑張る必要がある、っていう。


但し、発動する武技によって別々の感覚を使わなきゃならないから、武技を並列発動させるとなると「自転車に乗りながら一輪車に乗りながらバイクに乗りながらサーフィンする」みたいな感覚になるが。


あくまでも例え話だけど、あながち間違いでもない。


で、そんな中でも霞の踏み込みは、必須スキルと呼ばれるシリーズのうち一つだ。


回避技としてステップ、できれば霞の踏み込み。


防御技としてパリィ、できれば力場パリィ。


攻撃技好きなのなんか二つ三つ。できれば遠距離用近距離用の二種だと好ましい。


これらの武技再現は、対人高レート帯の基本装備と言われた。


剣士だろうが魔法使いだろうが、この三種類を使えない奴は、高レート帯に一人もいない。剣の握り方レベルの基礎中の基礎だ。


「ッつおぉっ!!!」


ソライルは、大きな瞳を更に大きく見開き、無様に転がって避けた。


普通、剣術でも何でも、転がって避けるなどというのはあり得ない。


旧世紀の原始的なテレビゲームならば、前転回避している最中は無敵!みたいなことがあったらしいが、VRアクションゲームではそんなものはないので……。


むしろ、より剣術の術理などを細分化し、人間工学に基づいた体捌きによる最小動作での回避こそが是とされる。


霞の踏み込みは、最小動作では躱せない範囲攻撃などを避けるための手段だ。


もしくは、今の俺のように、相手のことを「すり抜けて」背後に回る、奇襲攻撃の技として使われることが殆ど。


いや、にしても。


見誤っていたかもしれんな。


これを避けるとは。


実力的には反応できないはずだと思ったのだが。


だがまあ、転がって避けるなど、構えを放棄して体勢を大きく崩した時点で負けみたいなものだ。


背後に回っての一撃を躱された俺が、振り抜いた木剣を構え直す時間の方が、今転がって這いつくばっているソライルがこちらを振り向き立ち上がり構え直す時間より、遥かに早い。


俺は、素早く構え直し、転がるソライルの背中を打った。


「ギャー!!!」


あ、威力高過ぎたか。


木剣がへし折れた。


基本的に壊れないムーザラン製の武器に慣れているからなあ。


「そんなまさか!領主様は、剣聖バルシュ様の弟子なのに!」


「領主様を一撃で?!」


「な、なんだぁー?!あの踏み込みはーっ!」


「見えなかったぞ?!速すぎる!」


外野で見ていた、この領地の騎士らしき連中が驚いている。


どうやら領主は、これでもこの世界的には強い存在らしい。


俺からすれば、一回斬れば倒せる雑魚エネミーと二回斬らなきゃ倒せない雑魚エネミーくらいの差としか感じられないので、強いか弱いかは誤差のようなものにしか感じられないのだが……。


これで強い奴扱いなら、人間から取れるホーンは大した量がないのかもしれない。


人間狩りは効率が悪い、か。


「うぐう、いてててて……。いや、参った!凄まじい腕前だ!」


背中を押さえながら中腰で立ち上がったソライルは、そうやって俺を褒め称えた。


「まさかここまでとは思わなんだ!一太刀目を避けられたのは、ほぼ勘だったが……、二太刀目の鋭さも凄まじい!」


手加減してるんだが。


俺が本気なら、木剣でもこいつを殺すくらい訳ないぞ。


まあ、良いか。


「ふふん……、流石は我が剣だな」


ララシャ様は、マウントがとれてご満悦だし。


ララシャ様が喜んでるなら何でも良いじゃん?

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