第114話 シェルショック

 麻実油が散布された中心に発射しようとしたところで待ったがかかる。


「あっ、ちょっと待って、三田くん!」


 仙川がそういうと、翼のブーツで飛ぶカトレナーサに運んでもらい、九十九の左横に立った。続いてカトレナーサが九十九の右横に着地――すると2人の女性は九十九を挟むように抱き着く。


「OKだよ、三田くん!」


「りょ、了解――」


 九十九は思わず赤面したが破廉恥な要素は何もない。仙川たちは大爆発に備えて、〈移動板ボード〉が発生させる障壁に入るように打合せしていたのだ。

 九十九も射撃に専念するように深呼吸をし、引き金を絞る。


 ポンッ!


 〈高精度粒子砲ブリューナク〉はシャンパンの栓が抜けたような銃声を放ち、深紅の弾を打ち出す。

 弾は麻実油を散布した中心、巨大アフリカ象の18メートル横に落ちていく。

 変化はすぐに起こった。周囲に黄色い輝きが同時に200以上発生すると、次には炎の波が広い範囲で複数生まれ、膨張していった。

 雷鳴に似た爆発音が響き、麻実油の散布が功を奏した――そう思った直後、巨大アフリカ象の周囲から爆炎が膨れ上がるとみるみる成長していく。


「うぉっ、これは何かまずいんじゃ……」


 九十九がそう感想を口にした瞬間に巨大爆発が起きた。

 ズドンっと全てを震撼させ、荒れ狂うように爆炎が膨れ上がった。


 うわぁぁぁぁぁぁぁっ~!!!


 三人は悲鳴を同時に発しながら急上昇を開始――荒れ狂う炎が猛烈な勢いで押し寄せる。

 障壁のお陰で熱気は感じられなかったが爆発のパワーの激しさに九十九はパニックに陥る。上下左右の感覚を失い、一気に炭になって焼き焦げて死んでしまう嫌なイメージが頭に広がる。

 高度950メートルまで上がってようやく爆発の範囲から離脱できた。

 雷の荒野は完全に地獄絵図と化していた。黒と赤のうねりが入り交じり、地表を灼熱で覆っていたのだ。

 唖然と爆発の経過を見ていたが4分したところで、仙川が言う。


「これってもしかして、地下の坑道か何かに三田くんの攻撃が当たったのかしら? 散布した麻実油で起きた爆発だけでこんなになるものかしら?」


「それってここに石炭か何かが埋まっていたってこと?」


「ええ、石炭が埋まっている炭層に引火すると時折予期せぬことが起きたりするの」


「へえ~、そうなんだ」


「もしくはガス田、油田があった可能性もある気がするかしら」


 九十九が仙川が何でも知っていると思っていると、カトレナーサが意見を述べる。


「この爆発は恐らく火の妖精に引火したものだと思うのです」


「火の妖精? この近くに火の妖精がいたってこと?」


 九十九の問いにカトレナーサが頷く。


「先ほどの鼻の長い巨大な怪物は多くの火の妖精を周囲に招いていたのです。ですのでそれの影響で炎が増幅したのではないかと――。わたくし、特別に〈神の加護〉というスキルを持っているので、時折周囲の重要な事柄が頭に入ってくるのです」


 前の世界ならば不思議ちゃんを飛び越えてオカルトマニアに分類されるカトレナーサの発言だったが、この世界では普通に信じられた。

 現にMIAが裏付けする。


「衛星情報とドローンによるX線CTから分析する限り、炭層、ガス田、油田は周辺にはない模様です。火の妖精による爆発の拡大という見解が今のところ、もっとも有力だと思われます。とにもかくにもマスター達を危険に晒してしまい、申し訳ございませんでした。周囲の解析が不十分であったことを認め、謝罪します」


 MIAが感情を見せない音声でそう告げてきた。九十九にはこれは相当に反省しているのだろうと伝わった。爆発の規模があまりにも大きすぎたのはMIAにも不徳の致すところだろう。

 九十九にはMIAを責める気はない。妖精の濃度を事前にチェックするなど想定外過ぎて、どう文句をつけていいのかさえ分からない。

 仙川も知識にない妖精について頭で処理できないのか、混乱したような顔をして言う。


「えっと……つまりは妖精さんに引火して爆発してしまって、妖精さんも死んでしまったのかしら?」


「いいえ、水の精霊ならまだしも火の妖精が爆発で死ぬようなことはないと思うのです。精霊術師ではないので断言はできませんが――火の妖精は爆発を好みますから」


 カトレナーサがそういったところで三人の体が輝き点滅する。

 モンスター大量討伐でレベルアップを果たしたのだ。モンスターを一網打尽にしようと九十九と仙川は話し合っていたが、経験値が入ってレベルアップする事態が頭から抜けて落ちていた。

 仙川は17回、カトレナーサは5回、九十九は2回、レベルアップで輝いた。

 すると仙川が突然笑いだす。


「あははは、こんなことになるなんて――ははははっ、すごく不思議!」


「本当ですね。ふふふっ、こんな一気に上がるなんて、ふふっ」


「まあ、いいことじゃないのかな? ははっ」


 そこからはブロズローンに引き上げるまで3人の会話はあまり意味のないものになった。

 脈略もなくクスクスと笑うと他の2人もつられて笑うという展開となったのだ。

 九十九は〈機械化人間ハードワイヤード〉だったので2人よりは早く冷静になっていったが、おかしくなるのは無理がないと思った。

 人間、とてつもない爆発を体感すると脳がバグってしまうことが経験したことでわかった。感情が不均衡になり、判断力がひどく下がっていたのだ。

 決して麻実油の大麻成分でハイになったということではない。

 後で一種のシェルショックという症状になってしまったとわかることになる。

 シェルショックとは戦争などで死に直結しそうな激しい体験をすることでパニックになったり記憶障害を引き起こすものである。

 現にこの後、3人は今回の爆発がたびたび夢の中に出てくることになるのであった。


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連続更新はここまででまたしばらくは週2~3更新となります。また納得のいく書き溜めができたら連続更新ができると思いますので、よろしくお願いいたします。

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