第113話 なんちゃって真空爆弾作戦

 九十九は仙川に声を出さずに語り掛ける。


「モンスターを退治することにしたの?」


「ええ。MIAとシミュレーションした結果、モンスターの半分がブロズローンに到着する可能性があるので倒しておくのは悪くないと思うのだけれども? つまり5日後ぐらい後で気づいたであろう災いを早めに知ったことになるかしら?」


「なるほど、わかった。退治することに異論はないよ」


「それから運よく麻実油が大量に手に入ったのでちょっとした実験をしようと思っているの。壮大な科学実験をして見たいと思うの」


「麻実油って何なの?」


「幻覚を引きよこすことで有名な大麻の実をしぼってとった油のことよ。海外ではヘンプオイルって呼ばれていて、植物油の中では揮発性が高いと聞いたことがあるかしら」


「そ、そうなんだ。吸うとヤバいの?」


「その心配はないかしら」


「わ、わかった」


 九十九は仙川が麻実油を大量に譲ってもらった意図がまだしっかりとはわかっていない。

 先ほど九十九は本当に荒野にいるモンスターを討伐するプランがあるのか尋ねている。その際「油を散布して真空爆弾みたいなことが起こせないか」と言われたがよくわからなかった。

 まあ特に損はないので九十九は仙川のプランに乗っかることにしたのだ。

 


 九十九たちは7分後に雷の荒野にたどり着いた。

 上空300メートルで眼下の大量のモンスターを見たカトレナーサは震え上がる。


「この高さにも驚きましたが……それよりも何なのですか、あの数は? とんでもない大きさのモンスターが百匹……いや300を超えていますよね? 特にあの鼻の長いモンスターはなんなのです? 大きさと言い、あの迫力と言い……」


 全身棘だらけのアフリカゾウの存在にカトレナーサは浅く震え、生唾を飲み込んだ。

 九十九はカトレナーサに言う。


「さっきの大公領の人達も強そうだったけど――これを相手にするのはしんどいだろうな」


「おっしゃる通りなのです。いや10分も持たずに全滅すると断言できるのです。これを相手にするとなると帝国の師団2つでもギリギリといったところだと思うのです」


 仙川はカトレナーサに同意する。


「わかる気がしますの。ちなみに帝国の師団とはどれほどの人数で構成されているのかしら?」


「5000名なのです。師団ごとに特色があるので、戦局によって投入される師団が変わりますが」


「なるほど――1万で300匹のモンスターを何とか倒せそうだと。魔法使いだけの師団とかもあるのかしら?」


「ないのです。ですが師団によって魔術師の比率が異なるのです。帝国陸軍の凡そ2割が術師ですが――」


 九十九は仙川の手練れに息を飲む。隙あらばカトレナーサのもつ情報を巧みに引き出していた。

 種類が異なるモンスターが一定間隔で配置されている様はカトレナーサも異様に思う。


「なぜ、こんなところで多種多様なモンスターがたむろしているのかわからないのです。それに普通は本能のままに暴れ狂うものでしょうに――」


「モンスター達の中にも一定の命令系統があるのではないかしら? ともかくこちらには纏めて倒すチャンスだと思っていいのじゃないかしら」


 仙川はダンジョンの話と、ダンジョンから出てきたモンスターを誘導する者がいるかもしれないという話は今回はしない。もう少し確証が必要なのだと九十九にも推測できた。


「とにもかくにも討伐できるかやってみよう!」

 

 九十九は今回の作戦を先導するつもりでそういった。

 仙川の立てた作戦は難しくはない。

 モンスターが集まっている地域の中心の上空300メートルのところで、仙川とカトレナーサが待機。

 九十九は麻実油の詰まった樽の蓋を外して、螺旋状に――もしくは蚊取り線香の形のように〈移動板ボード〉で飛行しながら麻実油を時速200メートルの速度で散布する。一つの樽の容量は50リットルだ。高度は250メートルを維持した。

 モンスター達のいるエリアはかなりの広範囲であったが、三つの樽を全て使用することで麻実油を巻き終えた。凡そかかった時間は3分である。

 周囲には油っぽい匂いが立ち込めている。


「それじゃあ、散布地点の中心に撃ち込んでみるよ」


 九十九が手にしたのは〈高精度粒子砲ブリューナク〉だ。〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉の5倍から40倍の火力を出す武器で、形は回転式擲弾発射銃マンビルガンに似ている。銃口の大きいライフル銃の中心に、丸い円盤が垂直に刺さったような形をしていた。

 九十九は〈高精度粒子砲ブリューナク〉レベル3で撃ち込むことを了承していたがこれでモンスター群にどれほどのダメージを与えられるのかがわからない。

 少し心配になってMIAに尋ねる。


「散布した麻実油に引火することで爆発が起きるって話だけど、300匹を殺せるほどの規模に本当になるのかな? たった樽3つ分だよ」


「気候や散布状態からみて真空爆弾を使った現象に近いことが起こるのではないかと推測できます。しかしながら爆発が発生する確率は37%ほどだと認識してください」


「聞くの忘れていたけど真空爆弾って何?」


「大気中に広く拡散させた爆発物に引火させ、殺傷力の高い熱と圧力を生み出す兵器です。また周囲の空間から酸素を消滅させ、高温反応を引き起こします。サーモバリック爆弾、バキュームボムとも呼ばれています。しかしながら本来の真空爆弾は0.3秒の間に200キロ以上の燃料を秒速2キロで拡散させるものなので、今回はさほどの破壊力は期待できないと予測します。とにかく麻実油が地面に落ちきる前に早く撃つことが推奨されます」


「そうなんだ、わかった、やってみる」


 九十九はMIAの計算でOKが出たのであれば問題ないだろうと思い、〈高精度粒子砲ブリューナク〉を下に向け、引き金に指を掛けた。

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