第110話 若きカトレナーサの悩み

 ヒュッテルン公爵の領地――通称大公領は領民の九割五分が農民という偏った構成となっているという。大麦の栽培が盛んで隣接するチットケム共和国、ガルーベ公国、ゲモ共和国にビールとパンを供給する大穀倉地帯を有している。

 周辺の胃袋を握る政策は100年続き、人口が増え続ける繁栄を見せていたが弱点がないわけではない。モンスターの対処には他国の冒険者の手助けを常に必要としていた。

 そのために近年は戦士・魔術師の育成に力を入れ、有望な子供を留学させるなどを積極的に行っている。

 だが、今回領内に入ってきたモンスターには完全に対処できずにいた。モンスターの数があまりに多かったからだ。

 急いで他から冒険者を集めているが状況は芳しくない。

 だから大公領の冒険者ギルトが有名な東方八聖の聖剣聖カトレナーサの到着に期待を露わにしていたがいきなり失望することになった。

 招聘に応えてやってきたカトレナーサであったが、疲弊していることは明らかだった。髪はぼさぼさで目の下に大きな隈があり、生気のない目をしている。


「本当に彼女が高名な〈聖剣聖〉なのか? とてもそうとは思えないんだが」


「イシュラ帝国の公爵のご令嬢なんでしょう? つまりヒュッテルン大公よりも裕福な身分っていうけどそうは見えないんだけど?」


「ブロズローンにも多くのモンスターが押し寄せているらしい! ブロズローンの冒険者が腰抜けぞろいで彼女一人が討伐しているって噂もあるからな」


 大公領の者たちのヒソヒソ話が届いたが、カトレナーサには返すべき言葉がなかった。疲労が限界に達し、思考もままならない状況なのだ。

 ここ大公領に来るまで、面識のある東方八聖のゲオゾルドとヘオリオスを寝ないで探し回ったが見つからず、ただただ疲労だけが残った。

 カトレナーサは未だにゲオゾルド達が愚かなことをする前に説得できればと思っている。ゲオゾルド達が暴れた情報が入ってきていないので、まだブロズローンの周辺に潜伏している可能性が高いと思う。だからこの大公領でのモンスター討伐もできるだけ早く終えたいと考えていた。


「――というわけで、カトレナーサ様には中央の最前線の指揮をお願いしたいと思います」


「えっ?」


「ですから最前線でモンスター討伐隊の指揮をしていただきたいのですが」


「わかったのです。では現地までの案内をお任せするのです。それまで馬車で待機させてもらって問題はないですか?」


「ええ――はい。その天翔けるブーツはお使いにはならないので?」


「今はその時ではないと考えているのです」


「承知しました。では馬車にご案内します」


 大公領の冒険者に馬車の一つに案内される。そこから周りの声が意識から急速に遠ざかる。疲労が精神をきしませ始めたのがわかった。

 カトレナーサは馬車に入るとマジックバックから大きなクッションを取り出し、身を預ける。

 疲れ切っているがすぐには眠れない。眠れない理由はわかっている。

 自分が町の虐殺をしようとしているゲオゾルドを、拘束よりも交渉すべきと判断したことがずっと心に重い負荷をかけているのだ。

 国や派閥を超えて人々を救いたいと思い、東方八聖をして活動していたというのに、いざとなると祖国のしがらみを消せない事実にカトレナーサはショックを受けていた。しかもその後悔した判断をまだ改められていないことにも自分のことながら本当にあきれ返る。

 カトレナーサは全ての人を救いたいという気持ちと、できれば祖国と父の信条を守りたいという思いが大きな矛盾を生み出し心をきしませていた。

 それをフギンに見抜かれ、責められてからそこから眠れなくなったのだ。ゲオゾルド達に会って説得できれば、何とかなったかもしれないがその機会はなかった。

 カトレナーサはモンスターと向き合えばこの苦しい状況を忘れられるのではないかと思う。


 もう一度、フギンさんと話をしたい。そうすれば何か行くべき道を教えてくれるかもしれない……。


 思えばフギンは常に間違っていない。いっそう彼の下で身をゆだねて動けばすべてが解決するかも、と考える。

 カトレナーサは目を開いてわずかに身を起こす。


 そうだ! ここから生きて帰れたらフギンさんと話そう。そうすればこの愚かなわたしが何をすべきかを教えてくれるに違いない


 そう思うとカトレナーサは心が不時着したような感触を覚えた。すると二日間訪れなかった睡魔に捕まったことに気づく。


「フギンさん……虫がいいのはわかっています。ですが……どうか、わたしを――」


 そういうとカトレナーサは気絶するように眠りに落ちた。


 そんな眠り落ちたカトレナーサをドローンが映し、九十九は中継でそれを見ていた。共に中継を見ていた背中にいる仙川に尋ねる。


「なんで仙川さんはカトレナーサの心まで読めるの? もしかして神の奇跡?」


 今見ていたカトレナーサの中継画像は音声が切られており、代わりに仙川が全て説明していた。つまり仙川が映像に合わせてナレーションとアテレコを行っていたのである。カトレナーサ周辺の状況説明も、カトレナーサの内心の声も全て仙川発信であった。


「心は読んでいません。今のは適当にカトレナーサさんの心情を想像してアテレコしただけなの」


「えっ? でたらめ?」


「そういわれてしまうとそうかしら」


 仙川はしれっとそういった。

 これに九十九は仰天する。カトレナーサが大公領に入ってからの中継は仙川の脚色で伝えられたと知って驚き戸惑う。


「はあぁ!? 本当に単なる即興だったんだ」


「ちょっとふざけすぎたかしら。私も時には悪ノリというものをしたりするから」


「いや。突然悪ノリやられたら普通に戸惑うから――」


 九十九は悪ノリにも驚いたが、カトレナーサが自分を慕っている様子は結構ドキリとしていた。カトレナーサも仙川に負けず劣らず美人なのだから。


「ふざけたくなった理由はあるかしら」


「理由、あるんですか?」


「カトレナーサさんの過去から今までのデータ観たら、三田くんに惚れる可能性が高いと思ったから茶化してみたいと思ったの」


 仙川の言葉に九十九の頭の中で「?」がいっぱいになる。


「別に鈍感系を演じたいわけじゃないけど、カトレナーサと俺は本当につながり薄いよ? 多分コミュニケーションした時間は総トータル4時間ぐらいだから!」


「うん、わかっているの。でも女の勘で何となくわかるものなの」


 そういう仙川に九十九は戸惑う。あの理路整然とした仙川がムスッとしていることが理解できない。


 嫉妬したから悪ノリするものか?


 九十九の頭の中にゴチャゴチャと色んな考えが浮かんだが、混乱しないように決めていた行動に専念する。

 現在九十九は仙川と〈移動板ボード〉に乗って、カトレナーサと合流すべく大公領に向かっていた。九十九はいつもの烏天狗風甲冑にカモフラージュしている。

 九十九はカトレナーサに出会えれば仙川との間で何か人としてのつながりが生まれるのではないかという期待を消していない。

 今現在のリアルタイムで、カトレナーサは馬車でモンスター討伐隊と一緒にモンスターが集結する雷の高原に移動していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る