第108話 風雲たちこめる大公領

 九十九は一回のシャットダウンと3時間の睡眠を取ったところでスッキリと目が覚めた。昨日は銃の引き金を引かずに済んだことに気が付く。

 ドローンの情報をチェックしないで済むことも安眠につながっている気がした。

 昨日はほぼ仙川と話をしているだけだったがそれなりに充実した日であったと実感がある。

 振り返ると仙川は〈アウクシリア〉になった初日から大活躍だった。特に乳母ギルドをすぐに活用できる点など高校生とは思えないものがある。

 細かいところにも目が届き、備品や食料も何がどれだけ必要になるのかを見抜き、入手までをスムーズに行うのだ。

 仙川は夜の10時に寝て5時に起きるというので、その間だけでも自分がドローン情報をチェックしようかと提案したが「MIAに細かく知らせて欲しい基準を伝えたから大丈夫」とも仙川に言われている。

 見なくていいと言われると素直に「見たくない」と思っている自分に九十九は気づく。

 これまでの経験で監視をする者に何らかの親近感を持ってしまうので、距離を取りたいと内心では思っていたのだ。監視対象に何らかの危険が迫っているのを知ってしまったら、動かずにはいられないことはわかっている。

 それは憎たらしい赤羽・小杉・吉祥寺でも同様で、殺害されそうな兆候があれば助けに動いてしまうであろう。


 もう4時に起きてきたリエエミカと魔法の話をドローン越しにしていると、仙川が起きてきた。

 仙川は昨日買った水色の寝間着のワンピースを着て考え込むような顔をしていた。九十九は悩む姿も美人は絵になるなと率直に思う。


「おはよう仙川さん。どうかしたの?」


「おはようございます。その――三田くんはカトレナーサさんが死んでも特に問題はないかしら?」


「えっ? はあっ!?」


 言われたことが理解できずに九十九は少し硬直した。やがて仙川がカトレナーサが現在窮地にあることを把握したのだとわかった。急いでカトレナーサについたドローンをチェックしたかったがぐっと堪えて尋ねる。感情的な行動は仙川の邪魔になる気がした。

 聖剣聖カトレナーサ――光の神フランシュルを信仰する聖職者にして剣の達人。おまけに父親がイシュラ帝国の公爵の令嬢というとんでもない存在である。

 大陸を象徴する存在として東方八聖に選ばれているが、カトレナーサ自身は難しい人間ではないことを九十九は知っている。やや思い込みの強い普通の少女だと思っている。


「カトレナーサがどうかしたの? というか、何かあったんだね?」


「昨日のうちに大公領に招かれて行ったようなんだけど、大公領は今大量のモンスターが入り込んでいるようなの。大公領はカトレナーサさんが信仰する光の神フランシュルを主神と仰いでいるから、教会繋がりで助力を求められたみたいなの」


「大公領? え~とそれってエバグル王国の一つなの?」


「ええ、北東に広がる領地でヒュッテルン公爵が管理しているの。エバグル王国最大の土地、昨日衛星でチェックしたけど王国の国土の7分の4を占めているかしら」


「はぁっ、デカいんだね。全然知らなかった」


「わたしの見立てでは人口も財力も勢いも大公領の方が、他のエバグル王国全てよりも4倍は上じゃないかしら。それというのも大公領は大穀倉地帯を持っていて周辺の国の食料バランスを完全にコントロールできているようなの。でもエバグル王国と大公領の関係は良好とはいえないかしら。ヒュッテルン公爵家と王国の関係は百年位前から冷え切っているようなの。そしてヒュッテルン公爵はエバグル王国から独立しないのはイシュラ帝国と敵対しないためではないかしら――おっと話がそれてしまったの。ともかく大公領は今大量のモンスターのために危険な状況にあるといっていいかしら」


「大公領でカトレナーサがモンスターと沢山に戦うことになりそうなの?」


「ええ、どうも最前線に向かわせられるようなの。ドローンに調べさせたけど大公領の森には1000匹を超えるモンスターが徘徊しているんじゃないかしら?」


「1000匹? ぐへっ、それは多いね?」


 九十九がクロカッドや目黒たちとレベリングした際は合計で128匹倒していた。それがその8倍となると相当な人数が必要になることは想像に易い。しかもゴブリンなどの小さいサイズのモンスターも少ない。


「MIA、モンスターが集中している処を見せてくれるかしら」


「了解しました。4分ほどお待ちください」


 すると広い荒野にいくつものモンスターがいる映像が九十九の中にも展開する。九十九が知る限りでもコカトリス、ガランティス、キュクロプス、キマイラ、ヒュドラがいた。サーベルウルフも2頭ほど確認できる。

 そして山のような大きなモンスターが一匹いた。牙が立派で、アフリカゾウに酷似していたが、深緑色の肌には薔薇のようにいくつものような棘が生えている。

 あれを倒すのは今の自分でも簡単ではないだろうと九十九は直感した。

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