第107話 アウクシリア一日目・午後
仙川は元王女・アールセリアと面談したいと言い出す。
この世界で九十九や仙川の行動を正当化するために、アールセリアが錦の御旗になってもらえるかを早急に知っておきたいと仙川が希望したのである。
現ロプティア女王の代行をしている宮廷魔術師ソクソーンに、王宮から追い出されたアールセリアを後ろ盾にすると言い出したのは九十九だったが、仙川にも同意を得られるとは思っていなかった。
現女王のロプティアを推すか、ロプティアを操るソクソーンを引き込む方が簡単だと仙川ならば言うかと思ったがそうではなかった。
ドローンが採取したアールセリア・ロプティア・ソクソーン3人の情報をチェックした仙川はアールセリアに大器の風格を見たという。
九十九は美少女ではあるかどこかアホの子のアールセリア推しで大丈夫か、改めて己に問う。まあ10歳にしては優秀なのは間違いがないだろう。
あとは実際に話したいというのでアールセリアと連絡すると、向こうは大騒動が起きていた。
アールセリアは現在、貧民街の冒険者パーティ〈輝きの狼〉のところでお世話になっている。その〈輝きの狼〉の拠点であるボロ屋敷に現時点で60人以上の子供が詰めているという。
レベリングの際にモンスターの素材で大もうけした〈輝きの狼〉の懐事情を知った貧民街の連中が暴挙に出ていたのだ。
なんと〈輝きの狼〉の拠点に2日のうちに27人の子供が押しかけ、その親が姿をくらましたのである。つまり子を捨て、逃亡した者が続出したのだ。クロカッドらが抱える36人の子供達に更に27人追加ではキャパシティ越えになるのは明白だった。
これにはリーダーのクロカッドも泡を食っていた。近所の子たちにもオーク肉を振舞ったせいで、まさか子捨て・育児放棄を誘発するなど思いもしなかったのだ。
もちろん九十九もそうだった。
「うわっ、これは困ったことになったぞ! これって責任の一端は俺にもあるよな。でも、やれることは……金をより渡すぐらいしかできないよな」
しかし金では解決できないとすぐに思い当たる。追加された27人のうち8人が赤ん坊なのだ。
育児を失敗すれば死人が出ることは十二分に考えられる。
「あれ? 詰んでね? どうすれば……」
頭を抱える九十九を仙川は一切動揺を見せずにサポートする。
「大丈夫だよ、三田くん。ベビーシッターを大量に雇えば何とかなるから!」
「えっ? ベビーシッター? この世界にそんなものがいるの?」
「こんな世界だからいるの。ここブロズローンにある4つの教会はどこも孤児院を併設しているの。おまけに〈乳母ギルド〉も存在するから!」
「はあ? 〈乳母ギルド〉? 冗談を言っているわけではないんだよね」
「ええ。この世界だからこそ乳母派遣のシステムが充実していると言っていいかしら。ここ〈葡萄の木亭〉からそう離れていないところに〈乳母ギルド〉があるからこれから頼んでみるとしましょう。日本でも日本書紀に乳母の記述があるからこの世界でも存在するのは自然なことかしら」
「ああ。それは心強いね。でも貧民街に来てもらうのは乳母さん達の中には抵抗を示す人もいるかもしれないな」
「三田くんの言う通りだね。だから早急にこのブロズローンの中心街に一軒家を購入しましょう。幸いキュクロプスが一匹で金貨30枚になるというから、手付金にはなるんじゃないかしら?」
「金貨30枚? 日本円で300万円!? えっ? 仙川さんがなんでキュクロプスの値段を? もしや傭兵ギルドの音声を聞いたの」
「おっしゃる通りなの。北六条くん達に分配を待ってもらって、子供たちの環境改善に使いましょう!」
これには九十九が驚く。縁もゆかりもない孤児を救助することに一切迷いも見せない仙川への理解が追い付かない。
だが子供の命を優先させるというのは、成熟した英才教育を受けてきた仙川には当たり前なのだろうと想像した。
〈アウクシリア〉になったばかりだというのに、仙川はすでにドローンを通じてブロズローンの内情や町の仕組み、店舗や組織を脳に入れているのだろう。仙川の常人離れした手腕についてあまり深く考えることをやめた。能力の差がありすぎて、戸惑ったり卑下することは無駄な行為だと九十九は思い至る。
取り合えずこの日は乳母ギルドに連絡したり、大量のおむつ購入などに時間を使うこととなった。
仙川の発案をクロカッドに伝えると、非常に感謝されることになった。
「フギンさん、助かりましたよ! いや赤ん坊の面倒を見た奴はこっちもゼロじゃないんですが、一番頼りになる子が9歳という有様でして――。これで死なせない目途が立ちました!」
責任感の強いクロカッドは心底安堵しているようだった。
夜には赤ん坊8人は乳母ギルドで一時的に引き取る算段となり、九十九も安心する。
また困った時の第三騎士団・団長マースク頼みで、ブロズローンの中心街の家が買えないか相談すると、不動産業者を紹介され明後日に内覧する運びとなった。
そんなこんなでこの日はどたばたとして終わったのである。
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