第105話 誰も誘ってくれなかったので
現在定宿にしている〈葡萄の木亭〉に戻る手前で、ちょっと面倒なことになっていることに九十九が気づく。
ワインを飲んだ目黒、新代田、川崎、北六条、若松、万代、日立中が残らずご機嫌だったのだ。
2年A組の兵舎組はすっかり〈葡萄の木亭〉を根城にしている。盗賊団討伐の後、一日一回はモンスター狩りに出ているが3時間ほどで帰ってくる程度だった。
未成年とはいえワインを飲んだことには問題ない。衛生面を考えるとワインを飲むのはベストな選択なのだ。現にブロズローンの住人は子供でもワインを飲んでいる。ただし飲料用のワインは正直不味い。
問題は目黒らが本格的に酔ってしまい、本心をぶちまけて大声を張り上げドンチャン騒ぎになっている点である。
「だから言っているじゃないですか~。要するに二人は腰抜けなのですよ~。キンタマついているのって話で~す」
「はあ? お店を開きたいというのが何で『腰抜け』なのか教えて欲しいね? だいたい目黒氏だって戦闘ではいつも及び腰だと僕は思うね」
「相棒の言う通り。えっと再度いうけど、冒険者をやめたいといっているんじゃないよ。お金は大事だから商売を始めようってことだよ。商売って簡単じゃないよ!」
「おっ! 新代田っちいいこと言った! 餃子を売るなら俺も一口乗るよ。この世界でも餃子を広めないとな!」
「グフフ、出たのです。響くんの〈餃子至上主義〉! それがしは耳にタコなのです!」
「いや
「不労所得~!! 若松ちゃんて無口なのに時々ギャグ言うじゃないですか! こんなの絶対笑うじゃないですか~!」
全員が2杯以上のワインを飲んで顔を真っ赤にして饒舌になっていた。
MIAが操る九十九は参加していない。何故なら朝から「しばらくソロで行動したい」と皆に告げて外出しているのだ。
そろそろこの二重生活を終わりにしようと思い、布石を打つことにしたのである。今〈
あと2分ほどで〈葡萄の木亭〉に到着するが、九十九は戻るのが嫌になってきた。絶対に酔っ払いにからまれるからだ。
「早く万代さん、目黒さん達の処に行きましょう!」
九十九が不安を感じながら振り返ると仙川がキラキラした目をしてそう促してくるのが目に入った。
「仙川さんも〈葡萄の木亭〉に来るの?」
「ええ。そこでわたしを紹介してくれないかしら? 三田くんがみんなの前で『今後は仙川さんをパートナーとして行動するよ』って言って欲しいの!」
仙川が何でこんなことを言い出すのか正直九十九にはわからない。自分との仲をみんなの公認にしたいのかとも思うが、だとするとずれた行動のように思う。
とはいえ、九十九に仙川を諫める術はない。
「わ、わかった。みんなに仙川さんを引き合わせるよ」
3分後、有言実行を果たす。
「盛り上がっているところ悪いんだけど聞いてくれ。みんなに報告があるんだ。俺、今後は仙川さんをパートナーとして行動するよ」
そういってデフォルトの姿になった九十九が、ワインをあおる兵舎組の前に仙川と一緒に立った。
仙川も皆に頭を下げる。
「ご機嫌よう、仙川玲菜です。この度、三田くんの誘いで皆さんに合流することになりました。三田くんをお借りすることが増えると思いますがどうかよろしく!」
途端、兵舎組は静まり返った。
目に見えて酔いが抜けていくのに九十九も気が付く。
「あ、ああ……そうなんだ。こ・こちらこそよろしく……仙川さん――」
47秒の沈黙の後に北六条が何とかそういった。
九十九はみんなが異世界に来てまでも仙川を腫れ物のように扱っているのを確認した。想像上の存在のような仙川とどう接すればいいかわからないのだ。
皆の怯えにも似た反応に仙川も唇をキュッと噛む。
九十九もこの後、仙川を小一時間なぐさめることになるだろうと思った。
その直後――陶器のカップになみなみとワインをついだ目黒ひまわりは立ち上がると、仙川に近づく。
「イエ~イ! 仙川さんも盛り上がっていこ~! まずは駆けつけ三杯、いっちゃおう~!」
「……いただきます!!」
この後、仙川は本当に3杯のワインを続けて飲んだ。目黒は一人「一気! 一気!」と連呼し手をたたく。
すると固まっていた場の空気は溶解し、またもドンチャン騒ぎに戻っていく。
目黒は仙川の肩に手を回すと自分の隣に座らせた。
「そんで仙川さんはこの一週間、どうしたの~? お姉さんに教えなさ~い!」
目黒はすでにベロベロ・泥酔状態になっていたのだ。仙川に恐れることができないほど、酔いが回り、酩酊状態に入っていた。
仙川もワインのせいで一気に顔を真っ赤にし語り出す。
「はい! わたしは誰も誘ってくれなかったのでこの世界に来てから一人で行動していました。教会に行ったり、聞き込みをして周辺の情報を得ていました。もちろん誰も誘ってくれなかったのでたった一人でです!」
仙川も怒涛のように語り出す。仙川も仙川でかなり鬱積していたのがよく伝わった。いったん話し出すと言葉が止まらず、「誰も誘ってくれなかったので一人で行動した」という言葉を22回挟みながら、九十九と合流するまでの話をした。
九十九は8人が盛り上がるほどに冷静になっていく。どこかで楔を打たないと誰かが急性アルコール中毒になりそうな勢いになっていったからである。
しかしなかなか「お開きにしよう」とは言いだせない。
なぜなら仙川が物凄く楽しそうだったからだ。心底楽しそうな姿を見ると止めるのが野暮にしか思えない。
男性陣にしてもそうだった。仙川の美しさを間近で見ることでメロメロになっており、九十九が独占するような素振りでも見せれば喧嘩になりそうだ。
また美人は酒に少し乱れても奇麗なのだと発見した。
3時間に及ぶ酒盛りが9時半に終わり、仙川も〈葡萄の木亭〉に部屋を取って泊まることになり10時に就寝となる。
九十九は今日も一日が長かったと思いながら、自室でシャットダウンした。
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