第102話 廃屋の修繕

 吸血鬼と森の精のハーフのヴァレリーヌが棲む巨樹から西北に2.5キロ離れた処にMIAがいう6つの廃屋があった。

 その半分の天井が抜けているが、その日のうちに全て埋まった。

 ヴァレリーヌが森の精の血筋をフルに発揮したかの如く、全ての家の天井を巨大な葉で覆ったのだ。九十九にはその葉がハート状であることから芋づるの葉のように映る。

 畳20枚分はあろう一枚の葉は紐のような細かい根毛を多量に伸ばし、屋根にしがみつくように生えていた。当然九十九には覚えのない植物だ。

 その植物を急成長させた後、部屋内の改修にもヴァレリーヌは着手した。

 破損が激しい場所に木片を撒き、呪文を唱えると木片が膨張し、穴や亀裂を埋めていき、やがて固まった。不思議な木片は漆喰、パテのような補修する働きをしたのだ。MIAによると木片にはかなりの魔力が宿っているという。

 そんな作業を37回行った。

 4時間の応急措置であるが、腐食の進んだ廃屋が住めるレベルになったのがわかる。

 全ての作業を終えたヴァレリーヌは疲労困憊といった様相だった。

 それでもギラギラした目をし、九十九に向かって手を突き出す。


「さあ、約束通り、屋根の修復につき4個、家の修繕一回で2個のチョコレートドーナツをよこすのよ! 合計で98個ちょうだいなのよ!!」


 そうヴァレリーヌはチョコレートドーナツのために全力で家の補修に取り掛かっていたのだ。

 この執着は仙川にしても想定外だったらしく鬼気迫るヴァレリーヌの働きに青ざめていた。ヴァレリーヌの甘味を求める強さに明らかに動揺していた。

 それでも九十九はありがたかったので提案する。


「約束は守るよ! でも一日で98個は食べられないだろうからこれから5日、一日20個渡すのはどう? あとチョコレートドーナツだけじゃなくストロベリードーナッツとキャラメルドーナッツも提供するけどどうかな?」


「ええっ? チョコレートドーナツ以外にも素敵なものがあるというの? 聞き捨てならないのよ!? 他にも美味しいモノを隠していたら承知しないのよ!」


 テンションが果てしなく上がるヴァレリーヌに九十九と仙川は顔を見あわせて、どう落とし所を見いだすか相談することになった。



 とはいえ、貧民街のゴロツキ、そして獣人と〈紅の暴勇〉を迎え入れることに成功した。何とか一部屋に5人使う割り当てで収納できる目途がたったのである。

 まだまだ寝床を用意できる状況ではなかったが、全員を屋根の下で眠れるようにもっていけた。

 獣人たちはもともと寝具は使わないと聞いて、今後買うべき物を仙川と相談して決めることとなる。


 また並行して黒エルフのヘオリオスと〈紅の暴勇〉スプライスの魔法の検証も行われていた。

 21機のドローンの前でヘオリオスは空間移動を、スプライスは一定空間の時間停止をそれぞれ7回披露したのだ。計測には分析力に長けた蜘蛛型ドローン・オニャンコポンと蝶型ドローン・エーディンが数多く投入された。

 もちろんMIAのたっての希望で行われた検証である。計測に大きくリソースを割いていいか九十九に確認してきており、許可を出していた。

 ハイエルフの呪印というのものはさすがで、ヘオリオス達は逆らうことなく要求を実行していた。


「表情がなくなって首元の呪印が輝いている時が激しく抵抗している状態なのであるぞ!」


 というリエエミカの解説を聴くと、時折ヘオリオスとスプライスの呪印が輝いているのがわかった。ゲオゾルドなどは呪印が光りっぱなしだ。

 MIAは明らかに検証にのめりこんでいたが、九十九にはその重要性がよくわからない。いくつか魔法が使えるようになった九十九ではあるが、未だに全ての魔法はトンデモナイもの代物に映っている。常識を捻じ曲げる奇跡的な現象というイメージから抜け出せれないでいた。特に〈回復ヒーリング〉など目で見ても今なお不思議でならない。

 ちなみに呪印を用いての情報収集は仙川に丸投げにしてある。帝国や他国の情報の聞き出しも仙川ならば安心して預けられた。自分などでは気づかぬことを仙川がほじくりだし、状況を整理して役立ててくれるだろう。


 また仙川とアンライトの〈銀河第三連合〉加入のレクチャーも開始された。

 MIAがドローンを通じて映像と音声で〈銀河第三連合〉の成り立ち、行動理念、連合としての目的などを説明していく。〈アウクシリア〉になるための検定はこの講義を受けるだけでクリアできるという話だった。

 ここで意外なことが発覚する。MIAはすでにこの星の言語を5種類修得しているということだった。この近辺で話される一般語を始め、東ホス語やリエエミカとアンライトらは使うディネクティア語を一通りマスターしているという。

 仙川が〈自動翻訳〉のスキルがあることで講義はディネクティア語で行われた。

 九十九が面白かったのは講義が始まると、そう離れていない場所でリエエミカが読書を始めることだった。リエエミカは抗議に興味のないそぶりを見せていたが、感情豊かに耳が揺れているのがわかり微笑ましく思う。

 知識に人並みならない欲望があるハイエルフにとっては宇宙のことは聞き逃せないのだろうと想像する。

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