第101話 切り札はチョコレートドーナッツ
アンライトと対峙していた仙川であったが、はっと思い出したように言う。
「あ、アンライトさんもアウクシリア制度――〈銀河第三連合〉に加入したいというから一緒にMIAから説明を受けたいと思うの」
「えっ? 本当に?」
九十九が視線を向けると青光りする髪を揺らしてアンライトが頷く。
「はい――星の彼方にある国というのは想像できませんが、ツクモ様のお役に立てるというのであれば、是が非でも参加させていただきますですわ!」
迷いなくそう言われると九十九も感動せざるを得なかった。恩義を感じているとはいえ、未知の組織に身を投じてもいいという決断はそう簡単ではない。
九十九はアンライトの思いに目頭が熱くなる気がした。
仙川が〈テラープラネット〉の背景をリエエミカ達にある程度開示すると聞いていたが、話がここまで進むとは想像もしていなかった。
腕を組んだハイエルフは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「わらわは保留である。センカワにざっと『惑星』『宇宙』等の話を聞いたがあまりにも衝撃的過ぎて呑み込めぬ。申し訳ないが時間が必要なのである」
リエエミカが悔しそうな顔でそう言うとレべリアは複雑な顔をして九十九に近づく。
「ひ、姫様に真剣に異議を唱えたのだが聞き届けていただけなかった。しかしわたしも〈銀河第三連合〉に参加するのは――くっ! 覚悟ができない!」
レべリアの苦悩は理解できたが、今はスルーしようと九十九は決める。
そうしていると、この家の主が不満をむき出しにして姿を見せる。
腹をボリボリとかきながら現れたヴァレリーヌの黒髪は、荒波のようにうねっていた。着崩れた寝間着の隙間から乳房が見えそうだったので、九十九は慌てて視線を逸らす。
「えっ? もうすぐ昼なのに今まで寝ていたのかい?」
「ちがうのよ、センカワっていうのが勝手にピーチク話しているから起きたんだけど眠いから二度寝したのよ! まったくもう、安眠を妨害するみんなには早く出て行って欲しいのよ!」
九十九はいつにもましてヴァレリーヌの機嫌が悪い気がした。そんなことは気にならないといった感じで仙川は九十九に告げる。
「ヴァレリーヌさんの植物魔法は家の修繕にも応用できるそうなの! ゲオゾルドやみんなが暮らす家の修繕を手伝ってもらえば、すぐに住めるようになるのではないかしら?」
それを聞いたヴァレリーヌが深緋色の瞳を細め、口元を歪める。
「はぁん? 寝言は寝て言うのよ! わたしを間抜けなお人よしだと思ったら大間違いなのよ!! なめていると酷い目に合わせるから!!」
火を噴くような勢いで怒るヴァレリーヌに九十九は不安になるが、仙川はまるで気にしていないようだった。
それどころかヴァレリーヌを無視して九十九にお願いをする。
「三田くん、〈
「チョコレートドーナツ? あ、ああ別にいいけど――えっ? 今欲しいの?」
「ええ、お願いできないかしら」
「ああ、うん。いいよ」
九十九は〈アイテムボックス〉から〈
床がミシミシと音を立てる中、九十九は音声で命じる。
「チョコレートドーナツ」
「7つお願い。できればお皿付きで」
「はい、では『チョコレートドーナツを7つを皿に乗せて』出して」
すると〈
チョコレートドーナツはドーナッツ生地にチョコが混ざっているだけではなく、半分をチョコでコーティングしているタイプのものだった。
リエエミカがどかどか近づき、〈
「これは魔道具ではないのか……。だがとてつもなく高度な技術で作られているのはわかるのである」
九十九からチョコレートドーナツを受け取った仙川はリエエミカ、アンライト、レべリアに一つづつ渡すと、一つを自分の口で咥えた。
そして残りの3つをヴァレリーヌに差し出す。
「ヴァレリーヌさん、協力していただけたら毎日美味しいモノを提供させていただきますがいかがでしょうか?」
ヴァレリーヌは目の前に出されたチョコレートドーナツをしげしげと見つめる。そして恐る恐る口に運ぶ。
「!!!? こ、これは超びっくりの焼き菓子なのよ!! この黒いのは焦げているのではないのよ!! ほんのり苦いのにとってもコクがあって甘い! ああ、何て優しくとろけるのよ。これは好き! こんなの初めてなのよ~!!」
吸血鬼と森の精のハーフの娘が、大興奮でチョコレートドーナツを大絶賛する。
アンライトたちも未知の甘味に顔をほころばせる。
「これは絶品なのですわ!」
「はい、姫様。これは真剣に言って甘くて素敵です!」
「わらわも初めて食べるが――正直これほど美味しいお菓子はハイエルフの国にもないのである」
仙川も好物らしくあっという間に食べ終えると忘れていた報告をする。
「云うのが遅れたけど三田くんが会って戦ったという吸血鬼、ヴァレリーヌさんの叔父さんらしいの。一回会ったことがあるって」
「ええっ!? それ本当? でも確かに知り合いの可能性があるのか。考えもしていなかった」
仰天する九十九にヴァレリーヌはチョコがついた手をペロペロと舐めながら云う。
「うむ。先ほどセンカワに見せてもらったけど多分わたしの伯父なのよ。14歳の時に父がわたしを連れて実家に戻った時に会ったのよ。旅に出たい父がわたしを叔父に預けようとしたけど『混血は嫌い』っていって断ってきたのよ」
仙川はMIAに協力してもらい、黒いケープコートの吸血鬼の映像をヴァレリーヌに見せていたのだ。
九十九は仙川ができる女性とは思っていたが、頭の出来が根本的に違うのだろうと感じる。
チョコレートドーナツのこともそうである。九十九からの情報でヴァレリーヌが焼き菓子に目がない事を知った仙川が、使ったこともない〈
彼女にとって人の心を読んだりや近未来を予測するなど、息をするようなモノだろうと想像できる。
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