第100話 ハイエルフの呪印

 九十九が獣人とゴロツキたちの誘導を終え、全ての買い物も入手し、ヴァレリーヌの巨樹の家に戻ると驚嘆すべきことが起きていた。


「こ、これはいったい!?」


 着くと横になって目を閉じたゲオゾルド、ヘオリオス、スプライス、ファンタレの首の下には赤い紋章のようなものが輝いていた。

 羽を広げたアゲハ蝶と王冠が合わさったようなデザインのそれは明らかに魔法の輝きがあった。

 リエエミカがやや得意げな顔をして九十九に云う。


「〈服従の呪印〉を刻んだのである! もう〈隷属の首輪〉を外しても問題ないのであるぞ!」


「えっと……その首の下の不思議な模様はなんなの? 少し予想はつくけど――」


 九十九の問いに答えたのは仙川だった。


「リエエミカ様が魔法で人を服従させられるというのを伺って、この4人に施してもらうようにお願いしたの」


「はあ……それは理由があるのかな?」


 するとリエエミカが上気した顔で大声を出す。


「ツクモ!! そなたのやり口は生ぬるいのであるぞ!! こんな悪辣非道な輩に配慮するなぞ甘っちょろいにもほどがある! このワーライオンは赤子でさえも殺すと宣言していたそうではないか! そしてこの赤い服の者は獣人を虐げ傷つけていたと聞いたのである! そのような狼藉・悪行は絶対に看過できぬ。よってわらわが絶対に逆らえず、自死も選べない呪印を刻んでやったのであるぞ!」


 九十九はこれは仙川の発案だと気づき顔を見ると、仙川も浅く頷きを返す。

 これも九十九の責任分担軽減の一つだとわかった。悪党の人権管理が九十九からリエエミカに移ったのだ。

 無論、仙川が相談をした結果であろうが、リエエミカがすぐに協力してくれたのも意外だった。

 リエエミカは愛らしく映る顔に聡明な表情を浮かべて九十九を見つめる。


「なあ、ツクモよ。そなたの属する星の組織の戒律では、悪人にも慈悲を与えるのが当然だとセンカワに聞いた。だがそれではこの世界では通用はしないのである。残念ながら慈悲は新たな悲劇の種にしかならぬのである。であるから、悪党どもの躾けと監督はこれからはわらわに任せてはもらえないか?」


 そういうハイエルフの瞳は真っ直ぐであった。

 それはアンライトもレべリアも同じで「任せて欲しい」と訴える顔を見せる。

 九十九は背筋をビシッと伸ばす。それから恭しく映る仕草で頭を下げた。


「ではこれからは捕らえた者の処遇をリエエミカさん達にお願いすることにします。何とぞよろしくお願いいたします」


「うむ――わらわも呪印は専門外であるが、そなたの助けになるならば一肌ぐらい脱ぐのである! あと今まで通りで『さん』などつけんで良いのである」


「本当に助かります」


「まあツクモの意向をくんで自殺を強く長く願った際には眠らせるようにしたのである! もっとも酷い悪夢を見るように誘導する術式も付け加えているがな!」


「そ、それはなかなかに恐ろしいね。何はともあれ助かるよ」


 そういうと九十九は心の中がフワッと軽くなるのを覚えた。出会ってまだ数日という間柄の者に責任を丸投げすることは良いこととは言えないだろう。だが今の状況を考えると仲間を増やし、仲間に頼るという選択を取ることも正解の一つだと思う。

 もう〈隷属の首輪〉は不要ということで、ゲオゾルド達につけていたモノを解錠し回収し、仙川にも頭を下げる。


「仙川さん、ありがとうございます。こんな短い間に色々考えてくれていたんだね」


「いいえ。リエエミカさんやアンライトさんがここまで短時間で理解して協力していただけるとは想定外だったかしら。3人は三田くんの役に立ちたい気持ちが凄く強いから」


 アンライトが改まったように九十九に近づく。


「わたくしめもリエエミカ様から呪印の術を習っていますので、何かあればきっとお役に立ってみせることをお約束しますですわ」


「あ、ありがとう。そうしてくれると本当に助かるから!」


「……………」


「っ?」


 親しみを覚える笑顔のアンライトだったが、ここから表情が硬くなっていく。視線にはなぜか殺気のようなものが宿っている気がした。


「ツクモさまがわたくし達を可愛がらない理由がセンカワ様を見て納得できましたですわ。こんな素敵な許嫁がいらっしゃるなら早く教えて欲しかったですわ」


 アンライトは可憐だがどこか気迫あふれる顔でそういった。

 九十九が戸惑っていると九十九の腕を仙川がぎゅっと引き寄せ、胸に深く抱く。


「アンライトさん、先ほども断りましたが三田くんは許嫁ではありません。ですが、結婚を意識しあう婚約者であるのは本当です!」


 はあ!? 婚約者? ――と絶叫したい衝動にかられたが九十九はグッと我慢した。

 ふと仙川を見ると微笑んでいるが鬼気迫る迫力があった。

 アンライトもそれに呼応するように目に見えない圧力を上げる。

 2人の間に激しく強い感情が交差するのを確かに覚えた。

 

 よ、よくはわからないが男が気安く介入すべき事態ではないことはわかる。ここは傍観して凌ごう!


 九十九はどういう顔をしていいのかわからないまま無意味に口角を上げた。

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