第98話 量子もつれとおっぱいと

 ふと仙川の視線が鋭くなる。


「気づいているかしら、三田くん? ワイトが接近してきていることを――」


「ワイト? それはいったい何のこと?」


 それに答えたのはMIAであった。


「放射エネルギー生命体――〈リドル星人〉と酷似した特徴を備えた存在です。先ほどまで仙川さんが戦っていた存在と同体であると推測できます」


 MIAの言葉に仙川は唇をつぼめて考える。


「〈リドル星人〉――ああ、宇宙にワイトに似た存在がいるのですね? 人に似ているけどほぼ実体を持たず、木々や岩と通り抜け、生きる者を襲う存在で合っているかしら?」


「はい。計測した限り、やはり〈リドル星人〉とデータは同じです」


 MIAの診断に九十九が慌てる。


「ちょっと待って? 巨大ガス惑星リドル――水瓶座からここにやってきたってこと?」


 仙川は九十九の言葉に微かに首をかしげる。


「ゴースト、レイス、スペクターって類の幽霊・アンデット系はこの世界に昔からいるようよ。私の所属する水の神・ヴィタイアムを祀る教会はレイスなんかの発生を早く察知しているみたい。つまりレイス等に対する術やテクニックを長い時間をかけて構築・発展させてきているのは確かじゃないかしら」


「そ、そうなんだ」


 確かに基本は同じゲームなのだから似たような存在がいるのは不思議ではない。いわゆる使いまわしが行われていることは考えられた。


「わたしがここにきたのもヴィタイアム教会の情報提供を受けてだから。どうも最近、ワイトが多く出現しているのでわたしへの除霊依頼も増えていたの」


「教会――仙川さんは短期間できちんと教会にも所属したんだね?」


 九十九の言葉に仙川は頷く。


「ええっ――わたしはサバイバル下では情報が命だと幼少の時から叩き込まれているので、初動には自信があるかしら。〈聖剣士〉なので自分の信仰する神の加護を生かすために、教会に早く所属することは必須だったの」


「お見事だね。尊敬するよ!」


 九十九は感じ入っているとMIAが仙川にいう。


「仙川さん、〈リドル星人〉がワイトであるかはさておき、対峙した際にすべきことがあるのをご存知でしょうか?」


「いいえ、率直に言って知りません。それは何かしら?」


「はい――〈リドル星人〉は人の思考・インスピレーションに感化されやすい性質をもっています。ですので接触する際にできるだけ『友好的な』気持ちを持つことが推奨されます。そうすれば好戦的なコンタクトになる確率が下がります」


「なるほど。こちらの敵意を向けないことが第一条件なのですね?」


「冗談みたいだけどそれが〈リドル星人〉に有効なのは保証するよ。明るく挨拶する気でいると、いきなり戦闘って事態は避けられるんだ」


 九十九はMIAの言葉を援護するようにそう言った。

 MIAはなおも説明する。


「なぜ〈リドル星人〉がそのような性質を持つかと言えば、根管には不確定性原理が働いているからです」


「それってもしかして〈リドル星人〉は量子もつれで発生しているってことかしら?」


「正にその通りです。〈リドル星人〉の中核はスピンしている電子と光子が結合したものでできています。それが有機体と接触することで励起子分裂を起こして、生命活動を開始するとされています」


 とMIAはベラベラと語り出した。

 仙川もMIAの言うことを理解し、質問を返すなどしたが九十九には何もわからなかった。

 九十九は何とも言いようのない屈辱を覚えていく。自分の頭の出来の悪さを突きつけられているような気がしたのだ。

 ほどなくして仙川は〈大太刀おおだち〉を引き抜く。すると複数のワイトが現れた。

 ワイトは正しく日本人の思う幽霊であった。肌は青白く、半透明で足がなく、宙を漂うように移動する。

 九十九も〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉を構える。


「え~と〈リドル星人〉には〈感電エレクトロ〉が最適だったっけ?」


「〈感電エレクトロ〉で78%、〈焼燬インセンディアリ〉で51%の確率で有効ダメージをあたえることができます」


「了解」


 九十九も〈リドル星人〉とは数回遭遇している。〈リドル星人〉はある程度攻撃の耐性があり、壁などを無視して移動するのでそれなりに手こずってきていた

 九十九が良いところを見せようとしていると、仙川は柔和な笑みを浮かべながらワイトに接近するとすぐさま斬りつけた。

 7匹のワイトの中には女性や子供もいたが、迷いなく斬りつけていくと霧散するように消えていく。

 九十九は仙川の思いっきりの良い行動に思わず唖然となる。

 仙川は九十九に気づいて解説する。


「初期から〈聖剣士〉が持っているスペル、〈ホリーブレッシング〉を使ったの。〈ホリーブレッシング〉を剣に掛けるとアンデット系に有効な攻撃ができるといえばいいかしら?」


「そ、そうなんだ。勉強になります」


 九十九がただただ感心していると異様なものを目にする。飛行する生物に乗った兵士が4つ迫って来ていたのだ。

 これを目にした仙川の顔に動揺が走る。


「あ、あれは何? 強い憎悪がもうここまで伝わってくる――」


 空飛ぶ者の顔は肉が裂け、一部が半ば白骨化していた。乗っていた動物も同様で損傷した死体そのものだった。

 それに九十九は見覚えがある。


「結構、離れているのにこんなところまで来たのか……。さぞや無念だったんだろう」


 怨嗟に満ちた顔をした半透明な者は、ダンビス商会の兵士の姿をしていた。リエエミカ達を輸送中に謎のモンスターに襲われた者たちだ。食い殺され埋葬された状態をしている。乗っていたヒポグリフも供していることから業の深さを覚えさせた。

 仙川は後ろに下がり表情を硬くする。


「率直に言って危険な存在に思えるかしら。今の私では手に余るからここは撤退しましょう!」


 すぐに決断をした仙川は行動に移る。

 だが九十九はワイト群に銃口を向け、基本射撃オフハンドのスタイルで〈感電エレクトロ〉レベル1を放つ。


 ぐぎゃ~!!


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……成仏してくれよ!」


 人を奴隷にして商売するダンビス商会は許されないが、九十九は幽霊になったことを責める気はない。

 わずかな関わりができた以上、供養代わりに率先して討伐する気になっていた。

 次々と仕留めていく中で、最近ワイトが増えていたという仙川の言葉を思い出す。ワイトになった人は冒険者ギルドが行ったモンスター誘導の犠牲者だと思うと憂鬱になる。

 この〈ライト&ライオット〉の世界は無情だ。簡単に人が死ぬ上に、安らかな死後も保証されていないのは厳し過ぎる。

 またワイトになる者を減らすために、町にやってくるモンスターをもっと積極的に討伐しようとも思う。

 ワイトをすべて倒し、虚しさを覚えながら銃口を降ろした九十九に待っていたのは意外なものだった。


「もう、率直に言ってカッコいいじゃない! 改めて三田くんに惚れ直したかしら!」


 九十九に抱き着いた仙川が体を寄せていた。〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉越しにも押し付けられた仙川の胸の感触が伝わってきた。

 そう仙川はスレンダーな肢体をしているが、胸は80センチを余裕で超えていたのだ。


「そ、その仙川さん、ここは落ち着いて!」


「何を言うのかしら! 強くて男らしい人に魅かれるのは当然のことだよ! わたしは君が改めて好きになったから!」


 そういってぎゅうぎゅう押し付ける形のいいバストに九十九も興奮していく。整った美貌を笑顔にしている仙川を近距離で見ると心が躍る。

 美人でかわいくてセクシーなのは正直反則だ。

 だが不意に「結婚」というワードが頭によぎると高まる気持ちが冷えていくのを感じた。

 ここで仙川のおっぱいを揉めば責任を取らされる気がして手が伸びない。これはなかなかの生殺しだと九十九は震えた。

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