第94話 仙川さんの恋人

 MIAが報告を続けるが趣旨を変えてくる。


「ブロズローンから西に30キロ離れた町・ガゼロンで異変が起きているようです。ゲモ共和国と接する国境の門に大量の難民が押しかけてきているという一報で騒ぎとなっています」


「へえ……確か謎のエルフの手下になっているオシロスとかいう爺さんがいる町だよね?」


「その通りです」


「じゃあちょっとオシロスを映して見せてよ」


「かしこまりました」


 すると痩せて白髪白髭の老人が、大勢と話している映像が九十九の視界に展開する。ガゼロンで屈指の勢力を持つハバト商会の元会長のオシロス老人が、真剣な顔で複数の者の報告を受けていた。

 確かにその表情には緊迫したものがある。


「ふむ……難民の大量流入が問題になるのはどこの世界も同じか。でもまあここブロズローンにすぐに影響することもないだろう。無視しよう」


「了解しました。それと――」


「まだ何かあるの?」


 MIAが少し困ったように聞こえる口調に変えて話し出す。


「はい。唐突な報告になりますが、現在仙川玲菜が危機に瀕し、荒ぶっております」


「えっ? 仙川さんが? 荒ぶるって何?」


「ただいま、放射エネルギー生命体と複数戦っているのですが、怒りをあらわにしています」


「ああっ、興奮状態ってことか。危険なのかな? っていうか放射エネルギー生命体? 〈リドル星人〉ってこと?」


「現在計測した時点では同じ構造をしているように分析できますが、〈リドル星人〉と完全に同等かは不明です」


「マジか――〈リドル星人〉がこの星に来ているとか結構やっかいだぞ?」


 〈リドル星人〉とは巨大ガス惑星リドルの不定形生命体である。知性は持たないが死者などに同化し、死者の考え方や行動パターンを模倣して活動するという生態を持つ。遭難した宇宙船を取り込み、銀河に進出してくるのを阻止するイベントが〈テラープラネット〉内で不定期に開催されていた。ユーザーは雑に〈リドル星人〉が関係するイベントを「幽霊もの」と呼んでいた。


「危険ならとにかく行くよ。〈移動板ボード〉に仙川さんの座標を入れて」


「危機であるとは言い切れません。仙川玲菜は一人で放射エネルギー生命体を討伐しております。周辺に4体いますが全て倒す可能性が93%あります」 


「なんだ。じゃあ危険はないんだな?」


 という九十九の問いにMIAは返答をしない。まるで逡巡しているようであった。


「仙川玲菜の様子をご覧いただき、マスターの判断にお任せします」


「はあ? それっていったい……」


 戸惑う九十九の視界の内に、仙川の姿が表示される。森の中で半透明なモンスターを相手に90センチの刀身の剣――〈大太刀おおだち〉を振るっていた。

 相変わらずの和風な美少女である。

 仙川の職業が〈聖剣士〉だと九十九は聞いている。

 仙川は剣を真一文字に振るいながら、半透明のモンスターを討伐していく。

 その際に仙川が叫んだ言葉に九十九は驚く。


「三田くんの馬鹿!! いつまで恋人をほおっておくのかしら! 率直に云ってひど過ぎる!」


 そういう仙川の顔には明らかに強い不満が宿っていた。

 九十九は途端に胸の奥に激しい衝撃が走る。

 先入観と価値観、固定観念が同時に大きく揺らぐほどのショックを受けた。


 あれ? もしかして仙川さんってずっと俺のこと、恋人だと思っていた?


 という考えが九十九の頭の中で爆発するように充ちる。仙川の言葉を理解しようとするとそうとしか思えなかった。

 実際、仙川は積極的ではないが、常に恋人のように振舞ってくれていた。九十九の呼びかけにも呼び出しにも、仙川はいつでも素直に応じてきてくれていたのだ。

 だが同時に疑問を抱く。


「いやいや、吉祥寺たちの機嫌を取るために『一時的に恋人になって欲しい』ってお願いして、了承してもらっただけだよね? 仙川さんも同意して協力してくれたし――それに身分も違うし」


 常識的に考えて、仙川が自分の恋人になるということはありえなかった。

 仙川は東京の旧財閥の家の出で、親族は誰もが知っている巨大企業を経営しており、完璧過ぎる令嬢であった。

 バイオリンの名手であり、全国模試でも常に100位内に入りする秀才でもある。当然のように益唐学院でも常に学力1位を誇っていた。

 仙川玲菜に歯向かうバカは誰もいない。雲雀丘や巣文字、赤羽は常に仙川に迷惑をかけないように立ち回っていたのだ。

 そんな仙川がなぜ田舎の益唐学院に通っているかは誰も知らない謎である。噂の一つに東京でしてはいけないことをし、ほとぼりが冷めるのを待っているというものがあった。

 あまりにも圧倒的でミステリアスな仙川を九十九も当然特別視している。自分が助ける必要もないほど突出したエリートのように思う。

 こんな世界に飛ばされたから気が弱っているのだろうが、自分を恋人だと思っているというのはあまりに意外だった。


「どう考えても釣り合いが取れないよな。でも――仙川さんはいつでも俺に誠実でいてくれたよな……」


 相談した時も、偽デートにつき合ってくれた時も仙川は穏やかで優しかった。

 仙川のことを思い返していると、間もなく九十九の心は真っ直ぐに定まる。

 仙川には返しきれない恩がある以上、取れる選択肢は一つだと決意する。


「おまえ達はその辺で隠れていろ!」


 そうゲオゾルドらに命令をすると、九十九は〈移動板ボード〉に飛び乗った。

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