第90話 スピードスター
「エネミー分析レベル3と診断します。なお一般児童へ危害を加えると犯行予告しているためにレベル2までの攻撃を許可します」
「へえ、そこそこ強敵って感じか」
九十九は基本どちらかを生け捕りにする気でいた。
なぜ遠方にあたるエバブル王国に攻撃しようとする一派がいるのか、そちらの情報がないに等しかったからだ。
とはいえ油断はしていない。〈紅の暴勇〉のスプライスのような回避もできないスキルに備えて充分な距離を取ることを意識していた。
ゲオゾルドは九十九の20メートル手前の距離まで間合いを詰めると、2秒間に6回のサイドステップを行う。幻惑を誘うように、滑るように右に左に体を流す。
九十九に12メートルまで接近したところで、ゲオゾルドは素早く後方に跳び下がる。
「おいおい、『長いことない』んじゃなかったのか? 逃げるのか?」
九十九の言葉にゲオゾルドは鼻を鳴らす。
「はん、あんた、目でわたしの動きを追ったね? まあそれならこっちも考えを改めるってだけさ!」
そういうと獅子女子は背中から金色の腕輪を出すと、自らの左腕にガッチリとはめる。
更にゲオゾルドの肩の上に蒼い豹が姿を現す。家猫のサイズであるが足が合計して6つあり、ゲオゾルドの従魔だろうと九十九は察する。
「これは俊敏性を上げる腕輪さ。まあ一気に今までの2倍は早く動けると思ってくれればいいよ!」
そういうとゲオゾルドはその場でステップを踏んで見せた。九十九は確かに動きが段違いに速くなったのを感じ取る。常人ならば陽炎のように見える身のこなしである。
更にゲオゾルドは鋭く長い牙を見せながらニッと微笑む。
「それからあんたにはスキルを特別に使ってやるよ! まあその真価を理解できないうちに死ぬだろうけどね!」
いうとゲオゾルドは真っ直ぐ駆け、九十九との距離を縮める。
チーターやサラブレッドのような足の速い動物さえ圧倒的に凌駕する速さをゲオゾルドは見せた。
その速度は脅威の時速390キロとなった。
一気に距離を詰めると、鋭い爪を伸ばした左手を振り上げる。
鋼鉄の甲冑さえ粉砕できるかのような、自信に溢れた一撃を繰り出す。同時にニタリと笑う。
最高速の世界での圧倒的な蹂躙はゲオゾルドの嗜虐心を常に満足させてきた。
左腕を豪快に振り下ろす――がゲオゾルドの顔は瞬時に驚愕に満ちる。
自分が襲った標的は攻撃と共に掻き消え、10メートルも後方に下がって立っているのが見えたのだ。
げ、幻影か? だが次は確実にバラバラにする!!
ゲオゾルドが左腕を振り下ろしきる前に、〈
〈
「ぐふっ!!」
〈
背中を丸め、ゴロゴロと玉のように転がったゲオゾルドはすぐに立ち上がる。
すぐさま内出血の症状が出ていておかしくなかったがゲオゾルドにその兆候はない。
ゲオゾルドは自分の服の下に手を入れて、忌々しそうに木の板を取り出し、投げ捨てる。
「けっ! 一発でバマソイグ神の護符がパーかよ。まあ役に立ってくれたからいいけどよ」
九十九はゲオゾルドが捨てた木片が何かのマジックアイテムであったのだろうと推測する。
恐らくはダメージを肩代わりするような効果を発揮するのではないだろうか?――だとすると今相手にしている敵は戦いを有利にするアイテムも潤沢に持っていることが想像できる。
ゲオゾルドの瞳は充血し、真っ赤であった。その表情に苦悶も恐怖もない。今までよりもより濃厚な笑みが浮かんでいた。
「まあなんだ、あんたスゲーよ! こんな反撃を喰らったのはネルドの聖騎士軍に囲まれた以来さ! ワクワクさせてくれて感謝するよ!」
不敵な獅子族の乙女の反応に九十九も銃口を下げて、ホッとした態度を見せる。
「あんたが生きていてくれてよかったよ。やっぱり情報源としては大事だから死なないでくれて助かった。サンキュー猫ちゃん。あとあんたのスキルって〈加速〉? 〈加速〉だったら結構普通で拍子抜けだな」
その九十九の言葉にゲオゾルドが一瞬歯をむき出しにし、激怒する。
がすぐに冷静な表情に戻り、鷹揚な態度で微笑む。
「わかったよ。まああんたを舐めていたのはこちらの落ち度だからそこは謝罪するよ。すまなかった。だからこれからは例外的に全力で相手をするよ!!」
そういい、短く口笛を吹くとゲオゾルドの真横に青い服の男が現れる。青い髪のエルフ・ヘオリオスである。
33メートル離れていたはずのヘオリオスが瞬時に獅子女子の隣に立っていたのだ。
ヘオリオスがまるでエコーが掛かったような不思議な声を同時多発に複数発すると、ゲオゾルドの黄金の髪がゆらゆらと踊り出す。
青髪のエルフの肩には緑の奇怪な生物がいた。それは九十九には蝙蝠のような翼をもったオオサンショウウオに映る。従魔であることは間違いない。九十九にもそれがレアスキルを与える存在だとわかった。
直後、ゲオゾルドの姿が消え、ランダムにその姿を見せていく。2秒ごとに瞬間移動を繰り返し九十九との距離を詰めていく。
しかもその足取りは先ほどより、軽快で俊敏になっていた。
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