第89話 71年もかかるってマ?
カトレナーサのことを頭から追い出し〈葡萄の木亭〉から透明になって出て、〈
「マスター、輸送艦〈アルバトロス〉との連絡が取れました。ダークマター通信での交信でおおよその距離がつかめました」
それは九十九が待ちに待った情報である。〈テラープラネット〉のテクノロジーが充分に使えない現状を打開するには〈銀河第三連合〉とのコンタクトは必須だった。
九十九は現在、輸送艦〈アルバトロス〉から事故によって脱出ポッドでこの星に遭難したという設定になっている。
「へえ、朗報じゃないか! で、いつこっちに来るって?」
「残念ながら〈アルバトロス〉は257光年離れた距離にいます。ここは〈
「………えっ? 71年後? じょ、冗談だろう?」
これは九十九にとってさすがにショックだった。〈アルバトロス〉と合流できれば圧倒的に生存確率が増すのだが、それが成立しないとなると先行きに不安しかなくなる。
「冗談ではありません。アルバドロスが来るまで現状ではエネルギー不足に陥る可能性が高くなってきます。ですがこの星の魔力をカルデェン粒子に変換できる数式はすでにできております。変換装置完成には〈不時着時自動システム〉をフル活動させて37日後という試算ができます」
「はあ……まあそれならいいか。そうかわかった。到着するまで〈アルバトロス〉のことは報告をしないでいいぞ……」
「よろしいのですか?」
「ああ……」
九十九はこの件にもう触れないようにMIAに命令したのはふてくされたからだ。
ショック過ぎる出来事をまずは脳から追い出そうと決める。
まずいまずい、これから命がけの戦いをするっていうのに重すぎる事実だわ。ショックデカすぎ……。
自分のこの星でのアドバンテージを失うという事実を直視するのは危険だと自己分析し、〈アルバトロス〉到着の件はできるだけ考えないようにすることに決めた。
まずは町に来る悪党どもを叩きのめそうと意識を切り替える。
ブロズローンの街から離れ7分後に、九十九は草原の上でゲオゾルドらと遭遇した。
ゲオゾルドらの進行上に60メートル手前で、烏天狗風甲冑の九十九が〈
「ここでストップだ。王都ブロズローンに足を踏み入れるのは許さんぞ」
九十九の言葉に反応し、2人が夜明け前の暗い草原で足を止める。
「まあそろそろ誰かを殺す頃合いかと思ったけど、案外早かったな!」
そう言ってゲオゾルドは外衣のフードを上げて、顔貌を外気にさらす。
まさに獅子といった面構えで、太い鼻筋の上で双眼をランランと輝かせていた。
ゲオゾルドはフードの中の黄金の髪をその手で引っ掛けると、後方に派手に開放する。
一メートルはある黄金の髪の毛が後ろにたなびくと、九十九は一瞬見惚れてしまう。
ゲオゾルドの肢体は鍛えられている上に、胸も臀部も女性らしさに溢れていた。その野性的な美しさに一瞬深く惹き込まれたのだ。現実世界では見ることのない、究極的にワイルドな美貌であった。
我に返った九十九は一歩前に出ながら告げる。
「ゲオゾルドとヘオリオスだな? 黒いドラゴンをブロズローンにけしかけた一派とみなし、拘束する。大人しくすれば痛い目に合わないですむぞ?」
九十九の言葉にゲオゾルドは意外そうな顔をする。
「まいったな……。まあいずれはバレると思ったけど、こんなに早くあたしらの素性を嗅ぎ付けるとはね! 敵ながらまあ見事だと褒めてあげるよ!」
「では、投降する気はないというのだな?」
「もちろんさ! まあ、あんたとの付き合いも長いことないのは残念だけどね!!」
「わかった。捕縛する前に一言聞いておきたい。この街で何をするつもりだ?」
「国の重鎮や幹部、そして魔術師なんかを切り裂いて殺して回る予定さ。まあ兵士なんかもかなり数を減らさせてもらおうかね?」
「ふうん、この国の機能を止めるのが目的か。まあそうデカい国でもないから単独でもできるかもな。王宮には幼い子供たちもいるがどうするつもりだ?」
「交渉する余裕がないんで、まあ残念ながら王宮にいる奴は、侍女なんかも含めて皆殺しさ!」
この時、九十九はアールセリアや貧民街の子供、ガズ翁に保護された子供の姿を目に浮かべた。あの子たちが無残に切り裂かれることを想像すると、一気に血が沸騰しそうになる。
ゲオゾルドに対する殺意が確かなものになった。
「おまえはとんでもない糞野郎だな、猫娘。まあおまえの悪戯を未然に防げるからよかったけどな!」
九十九の言葉にゲオゾルドの顔が怒りに染まる。
「こいつ! わたしを猫扱いした奴は楽には死なせないよ!!」
と言った後に、ゲオゾルドは駆けた。3秒で時速120kmに達する。人間の2倍の速さで一気に九十九へ詰め寄ったのだ。
かくして闘いの火蓋が切られた。
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