第88話 予定を早めた襲撃者

 MIAが唐突に黒いドラゴンを操った者の仲間2人が駆けている様子を九十九に見せる。

 あのワーライオンの女と青い服を着た者だ。


「ゲオゾルドとその共が夜通し駆け、このままだと2時間後にエバグル王国領に入ります」


「えっ? 休まず走ったってこと? はあ、何考えてんだ」


「2人は時折特定の薬を服用していました。疲労回復剤や興奮剤である可能性があります」


「そうか。この世界の薬は効果が凄まじいんだよな。どれ、面倒だけど捕まえるか!」


 そういって〈葡萄の木亭〉のベッドから立ち上がった九十九の頭に昨夜の戦いの光景がフラッシュバックする。

 吸血鬼による魔法の奇襲――目の前に突然現れて傷を負わせてきたスプライス――いずれも死んでいておかしくない出来事であった。

 九十九は腹の底から巨大な恐怖がこみ上げてくるのを覚えた。

 冷静に考えるようにと務め、10分かけてまだ戦う意志があるのを自覚する。

 とにかく気持ちが平静になるまでじっと待つ。

 そうしていると部屋に備えられた机の上に、獣人たちについていた〈隷属の首輪〉が置いてあるのに目がいく。


「MIA、これもいつものように改造したのか?」


「はい。ナノメタル細胞で術式を変えました。この〈隷属の首輪〉は構造が単純なので反抗した場合、眠くなるだけの効果しか出せませんが用途はあるのではないでしょうか?」


「うん、なんかあるかもね」


 MIAがナノメタル細胞で〈隷属の首輪〉を改造すると、装着した者が逆らった際に首が絞まったりすることはなくなった。その代わりに逆らうと体内の魔力が吸われ、〈隷属の首輪〉が硬化し、麻痺と睡眠の魔法が発生するようになったのである。銀河連合の規約に即した仕様になっていた。

 すっかり落ち着いた九十九はゲオゾルド到着の前に情報を軽く集めることにする。


「よし――ちょっと第三者と話して、状況を整理しよう」


 九十九は夜中の3時近くに起きている者がいるかをチェックする。するとマースク団長とリエエミカ、ミンリダが該当した。

 打ち合わせもあるので御者のミンリダを選ぶ。


「ミンリダ、おはよう。様子はどうだ?」


「おはようございます、旦那。夜はぐっすり眠れましたぜ。〈紅の暴勇〉の連中も警護をしっかりしてくれてますぜ」


 ミンリダと元イシュラ帝国の部隊〈紅の暴勇〉、50人の獣人はエバグル王国領内の森の中で野営していた。しばらくは情報収集に努めて、今後どうするかを判断することにしたのである。〈紅の暴勇〉全員に〈隷属の首輪〉をはめ、獣人とミンリダ達の警護に専念させていることも伝えている。

 ミンリダが笑う。


「〈紅の暴勇〉の連中、働きながらほとんどの者が泣いていましたぜ。中には『死にたい死にたい』ってつぶやきながらテキパキと狼やモンスターを追い払う奴もいて滑稽でした!」


「連中には罪滅ぼしをさせるさ。それより昼間までには食料を届けるよ。パンと肉、野菜とワインを5日分ぐらい用意する」


「それはありがてぇ。良ければ蒸留酒があれば少しいただけませんかね? へへへ」


「了解だ。で、ちょっと聞きたいんだが『東方八聖』っていうのに聞き覚えはあるか?」


「いいえ、存じないですね」


「ではワーライオン、恐らくはライオンになれる種族だと思うが知っているか?」


「南方に人間にも獣にもなれる連中の王国があるのは知ってますが……4年くらい前にワーウルフの奴と少し仕事をしたぐらいの情報しかあっしにはありやせんね」


「そうか。ドラゴンを操る連中がいるという噂は?」


「ドラゴン? あのデッケえトカゲの事ですよね? 帝国にはあんまり現れねえんで、死骸を一回だけ見たぐらいなもんで、それを操るもんがいるとかわけがわかりませんよ」


 行商をやっていて市井の情報に精通している帝国市民のミンリダにしても、ワーライオンのゲオゾルドは規格外の存在のようだ。

 やはりそうなると、もう一人詳しい人間にも話が聞きたくなる。

 その人物は熟睡していた。が九十九は起こすことに決める。

 聖剣聖カトレナーサに色々尋ねるのが順当だと思った。東方八聖にして聖職者で、貴族であり冒険者をしているのでそれなりに情報を持っているだろう。

 それ故にカトレナーサは面倒くさい立場ではあるが、九十九は何となく口で言いくるめられそうな気がした。カトレナーサはどこか人を疑わないところがあるからだ。

 カトレナーサが現在、町のはずれにある教会で寝泊まりしているのは張り付けたドローンで知っている。

 教会は質素な作りであったが、カトレナーサは聖職者らしく立ち振る舞い、不満も言わずに粗末なベッドで寝起きしていた。

 カトレナーサとコミュニケーションを取るために蝙蝠型ドローンのカマソッソを急遽向かわせると、間もなく到着する。

 まずはカトレナーサのベッドに侵入した蟻型ドローン・ミュルミドンが声を中継する。


「カトレナーサ、夜分にすまないが起きてくれないか?」


 九十九の問いかけにカトレナーサは3秒も掛からずに覚醒する。


「その声はフギン殿か……。つまりは緊急事態なのですな?」


 銀髪をかき上げ、精悍な美貌を鋭くさせ、身を起こすなり剣を手にする。

 ここで九十九は大声を出す。


「わっ!? ごめん!!」


 カトレナーサは首をかしげる。


「フギン殿、どうかなさったのですか?」


「ま・ま、まさか全裸で寝ているとは思っていなくて……す、すまん見てしまった!」


 といって九十九は自分のやらかしに気づく。何も馬鹿正直に見たことを報告する必要などなかったのだ。

 そうカトレナーサは全裸であったのだ。裸体も非常に均整が取れ、無駄のないアスリート的な肉付きをしていた。着痩せするタイプで足も案外長いことにも気づく。乳房はやや上向きで九十九は心底美しいと思う。

 世間でいう美乳という奴に該当するのではないか。

 九十九は激しく狼狽したが、カトレナーサはわずかに照れたが何でもないといった態度を取る。


「実家にいる時は侍女にいつも見られているのでご安心を――。それにフギン殿には『奴隷になってもいい』と宣言しているので気にならないのです」


「えっ? 奴隷とか、そんな話をしたっけ?」


 カトレナーサはそこで眉間に皺を寄せる。


「憶えていないのですか? わ、わたしにとっては結構大事で、ずっと気にしていたのですが――わ、忘れていたのですか?」


 カトレナーサがショックを受けたような顔をしたので九十九は急遽嘘をつくことにした。


「い、いやすまない。照れ臭いのでなかったことにしたかっただけだ。それよりも急ぎの用なので話を戻してよいか?」


「こちらこそ申し訳ありませんです。どうぞなんなりと――」


 咳払いをした後に九十九は本題に入る。


「実はあの黒いドラゴンを操る者の仲間がここブロズローンに向かっている。そして2人でこの町を破壊し大勢の者を殺すと言っている」


「な、なんと、そこまでの豪の者が!? いつ、どこに来るのですか?」


「まあそれは必要に応じて教える。今聞きたいのは、襲撃者の素性を知っていたら教えて欲しいということなんだ」


「素性? 知っているようであれば、もちろんお教えしますです」


「サンキュー、では襲撃者の容姿をそこに投影する。側にある窓を開いてくれるか?」


「窓――なるほどまた奇怪な術を使うのですな?」


 カトレナーサが九十九の指示に従い、3階の東向きの窓を開くとカマソッソが空中にホバリングをしていた。

 カマソッソはすぐに3D投影で襲撃者の全身像を空中に現す。

 一人は金の髪を鬣のように生やした、2メートルを超える筋骨たくましい女性。

 もう一人は、青い髪に尖った耳をした、神経質そうなか細い男性であった。こちらは2メートル30センチはあろうかという超高身長だ。

 それを見たカトレナーサの反応は劇的だった。


「ゲオゾルドにヘオリオス!? な、なんで二人がここに!?」


「ほう知り合いか。で、どっちがゲオゾルド?」


「金の髪の方です。金獅子族の姫で――もう一人は黒エルフの王子。南霊峰王国の第二王子です」


「へえ有名人か。面識はあるのかい?」


「もちろん……。2人ともここ東ホス大陸の列強8国で結成する東方八聖として、わたしと情報を共有する立場です……」


 よくわからないがかなりの大物なのだろうと九十九は察した。


「なるほど――重要人物なのはわかった。だけど、この町の人間を無差別に殺そうとしている。発見次第すぐに殺しても問題はないな?」


「……あの――できれば私にゲオゾルドと話をさせていただきたいのですが?」


「止めるように諫めるってことか?」


「はい。フランシュル教徒としてもイシュラ帝国公爵の娘としても見逃せぬことなので――」


「今回の襲撃がイシュラ帝国にも利益になると聞かされて、ゲオゾルドに襲撃する正式な理由があったらどうする?」


「他国同士の戦いとなりますから、わたしが主張できる権利は限定的にはなるので……」


 この返答だけで九十九には十分だった。市井の名もなき者が死ぬことよりも優先すべきものがカトレナーサにはあるのだ。

 カトレナーサの立場など九十九にはどうでもよい。


「拙僧からゲオゾルド、ヘオリオスに何とかひいてくれるように語り掛けてみよう。それでは助かった。また連絡する」


「ま、待ってくださいまし。もう少し情報を――」


 九十九はカトレナーサとの会話を止め、カマソッソを引き上げさせた。

 もう背後関係などを深く考える必要はないなと、九十九は思った。単純に悪党をぶん殴るという選択肢しかないのだ。

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