第80話 獣人少女参戦!

 九十九が透明を解除し選んだ姿は黒いケープコートを羽織り、首に真っ赤なストールを巻いた黒髪の若者――先ほど会った吸血鬼のモノであった。

 九十九は〈夜の鉤〉と敵対しそうな〈紅の暴勇〉と争う気はなかったが、獣人たちを解放するとなると選択肢は限られた。

 吸血鬼の姿を選んだのは〈夜の鉤〉と戦う口実を減らすためだ。〈夜の鉤〉のボスが吸血鬼を自分が呼び出した存在であると知れば、吸血鬼へ戦いを仕掛けてこないだろうと想像する。

 ジョージアンは九十九を見てニタリと笑う。


「貴様は男か女であるか答えるのでありまっすっ! 女なら女盗賊の後に可愛がってやりまっすっ!」


 いうとジョージアンは左手を1メートル伸ばし、捕まえに来た。

 そんなジョージアンに素早く飛びかかる者がいた。


「命の恩人に手出しはさせにゃいぞ!」


 そういってジョージアンに踊りかかったのは灰色のフサフサの毛で全身の5割を覆った少女だった。少女は頭の上に耳を生やし、アーモンド状の金色の瞳を有していた。猫型の獣人である。

 ジョージアンは九十九への攻撃を急遽やめ、獣人少女排斥に動く。


「ケダモノは今は引っ込んでいるでありまっす!!」


 獣人少女に左の拳を伸ばしたが、ジョージアンは次の瞬間には膝を地面についていた。

 急接近した九十九に心臓を殴られ、崩れ落ちたのだ。

 ジョージアンはニッと微笑んですぐに立ち上がる。


「なめてもらっては困るのでありまっすっ! 今は体を柔らかくしているので打撃は効かな――」


 と言いかけてジョージアンはバタンと再び倒れた。

 九十九はジョージアンに近づき、呼吸しているのを確かめる。


「おっ! 死んでないか。いやパンチが心臓に20センチくらい食い込んだ時はマジでビビった。一回立ち上がった根性も凄いわ」


 いかに変幻自由でタフな兵士であろうと、九十九は特に脅威には思っていない。

 それよりも関心は獣人少女に向く。それは確かにさっき馬車の中にいた獣人の一人だった。


「なんだ君は? 危ないから事が済むまで馬車にいてくれないか?」


 人間で言えば14歳ほどに映る獣人少女は夜暗の中で目を光らせ、首を横に振って手の爪を伸ばす。


「あんたはあたいが助けるのだ! あんたが仲間ににゃんか良いことをしてくれたのをあたいはわかっているよ! だからあんたを死にゃせにゃいぞ!」

 

 その懸命に訴える仕草は九十九の胸に響く。


「お、おまえは〈にゃんぴち〉か?」


「違うぞ? あたいのにゃまえはボルティガだよ!」


 元気いっぱいのボルティガを見て、九十九は4年前まで飼っていた猫の〈にゃんぴち〉のことを思い出す。〈にゃんぴち〉は野良だったが勝手に三田家に居座り、気まぐれに愛嬌を振りまくそんな猫であった。

 灰色の柄と多毛種であることがボルティガと〈にゃんぴち〉の共通点だった。

 逆にただの猫ではない処も観察するとわかってくる。二つの胸の大きさや腰回りの肉付きは完全に人間と同じだった。

 九十九は〈にゃんぴち〉を思い出しセンチメンタルになる気持ちを押し殺し、へたり込んでいるミンリダに語り掛ける。


「ミンリダ、この獣人の子を連れてこの場を離れてくれないか?」


「はっ!? へ、へえ、心得ましたぜ!」


 ミンリダはへっぴり腰でボルティガの腕を掴もうとするがあっさりかわされる。


「あたいは絶対に逃げにゃいぞ! もう悪い奴にゃんかに負けにゃいから!」

 

 こうしている間に〈紅の暴勇〉の者が3人急接近してくる。

 一番最初にやってきたのは頭髪も眉もない男であった。男は九十九に向かって何かを投げてきた。

 九十九の足元まで転がったのは、何と人の切断された腕である。

 見るとツルツル男の左手がない。つまりは自分の手を投げてきたのだ。その行動が九十九には理解できなかったがMIAが回答を出す。


「地面とマスターの足の底が結合しました。魔法の力のようです」


 ミンリダが先ほど剣士コカライトが何でも接着できる能力があると言っていたことを思い出す。ということは投げた腕が能力を発揮し、九十九と地面を接着したのだとわかる。

 九十九は恐怖よりも感動を覚えた。自分の能力を熟知し、戦いに生かすセンスと技量に舌を巻く。

 コカライトは〈金属刀剣ファルクス〉を九十九に突き込みながら、自分の左腕を接着しようと器用に動く。

 九十九は〈金属刀剣ファルクス〉の切っ先をかわして、剣を握るコカライトの右手首を掴んでいう。


「まずは切った腕を元に戻せよ!」


 コカライトは一瞬ためらうが九十九の言う通りに左手の切断面を合わせて元に戻す。

 それと同時に九十九は足の底に多量の土をつけた状態で左足を振り上げて、コカライトを蹴り上げた。


「グギィッ!!」


 背中向きに飛んだコカライトと入れ替わる様に2人の〈紅の暴勇〉の兵が九十九と対峙する。

 一人は桃色の髪をした耳の長い女性――恐らくはファンタレが左腕を突き出すと周囲の草木が舞う。

 九十九の〈熱感知視界サーマルビジョン〉にはファンタレが超低温の飛礫を放ったのが映っていた。

 氷の飛礫が〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉の表面で弾けると同時に、九十九の眼前に閃光と爆音が発生する。

 九十九はしばし沈黙する。


「えっ? これだけ?」


 何か重ねて攻撃が来ると思っていたが拍子抜けだった。意味することは分かる。

 軍隊や警察が使う〈閃光手榴弾スタングレネード〉と同じことを魔法で成し遂げたということは――。

 〈閃光手榴弾スタングレネード〉は非致死性兵器で、100万カンデラの光と160デシベルの音で、対象者の行動を一時的に不能にできる。

 だがハイテク装備の九十九には強い光も激しい音もキャンセルされて何も届かない。

 九十九は〈アイテムボックス〉から石を取り出して振りかぶる。


「攻撃手段はわかった。では防御は?」


 閃光と爆音を放ったであろう栗毛の幼い顔の青年・たぶんアクリアスは潔く反転し逃げ出す。


「ギャッン!?」


 走り出してすぐに悲鳴を上げて転倒――九十九に拳大の石を後頭部にぶつけられるとあっさりと失神した。

 ファンタレの方は大急ぎで自分の前に風の渦を形成しているようだった。

 風の障壁を張りながらファンタレは九十九を睨む。


「獣人を助けようというのか? 愚か者が――獣人がいかに卑しく野蛮であるのかも知らぬくせに!!」


 激しい憎悪を向けてくるが九十九には何のこっちゃだった。


「知らんし――まあとにかく、これを防いでみてよ!」


 九十九は人差し指と中指を石に引っ掛けるようにして握り、左足を上げ、胸をそらして右手を大きく振りかぶる。

 〈機械化人間ハードワイヤード〉の全力投球で放った石は233キロの速度に達した。

 パン!! と空気が破裂した音が響いて間もなく、石はファンタレの胸の谷間に当たり、6メートルほどファンタレを吹き飛ばした。

 当然地面に倒れたファンタレはピクリとも動かない。


「やべえ……どんな時も人に向かってストレートを投げるのは止めよう……」


 九十九は短く反省しながら残りの〈紅の暴勇〉の動きを追う。

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