第79話 〈紅の暴勇〉の裏切り者


 盗賊ギルド〈夜の鉤〉の野営地に止まる馬車の一つに九十九は透明になって入り込む。〈紅の暴勇〉が乗ってきた馬車である。

 中は頭の上部に耳を持つ獣人たちが身を縮め、体を寄せ合って横になっていた。体に傷のある者が多く、肉体的に虐待されているのは明らかだった。

 そんな一角に一人の獣人を囲んで泣いている者たちがいる。

 九十九はそこに〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉でレベル1の〈睡眠スリープ〉を乱射する。

 騒がれずに心肺停止した者を蘇生させたかったのだ。近づくと九十九は自身の体からナノメタル細胞を移動させる。

 それを終えると次の馬車にいる心肺停止を起こした者の処に移った。

 無事にナノメタル細胞を移植するとほっと息をつく。MIAの見立てでは蘇生可能であるということだった。

 〈テラープラネット〉内でも心臓や脳が一部破壊されても、ナノメタル細胞の補修で戦線に復帰できることが少なくなかった。

 獣人たちには全員簡素な〈隷属の首輪〉が掛けられている。MIAは解析で〈魔法無効化キャンセルマジック〉で初期化できるという。


「はめた人間から逃亡するとワイヤーが絞まって窒息するだけの代物ですね」


 実際〈魔法無効化キャンセルマジック〉で獣人の簡易〈隷属の首輪〉は全て機能停止した。

 風邪や怪我、呼吸困難、不整脈を起こしている者に〈回復ヒーリング〉を掛けるが、レベル0.5と軽度なものに限定した。MIAによると獣人は明らかに人間と異なる点が多く、解析が必要であるという。

 また衛生状況がよくなかったので〈清浄ピュアリティ〉を獣人全員に浴びせた。

 外に出ると〈紅の暴勇〉の一人の男が煙草を吹かして座り込んでいるのが目に入る。

 痩せこけて頭部の薄い中年男性が悪態をついて煙草の煙を吐く。


「くっそ、こんな処じゃ逃げ出しても野垂れ死にするしかねえ。いつになったら故郷に戻れるのかわかんねーじゃんか!」


 九十九はその中年男性に興味を引かれた。中年男性は〈紅の暴勇〉の軍服を着ていたがスプライスらに嫌悪の視線を向けていたからだ。

 それに二十代前半ばかりの〈紅の暴勇〉の中で一人年齢が違い、軍服がダブダブで明らかに体形に合っていない。

 九十九はこの男から情報が引き出せるのではないかと考える。帝国側の情報もそろそろ仕入れておきたいと思ったからだ。

 九十九は透明のまま中年男の眼前に金貨の入った革袋を投げる。


「えっ?」


 中年男が革袋を手に取り中身を確認すると、九十九はボイスチェインジでフギンの貫禄のある声を出す。


「騒がずに質問に答えろ。答えればおまえには手を出さないし、金もやる!」


「ひっ? ま、魔法で姿を隠しているんですかい? ま、待った。何でも答えるんで殺さないで下せえ!」


「うむ。まずはおまえの名前から聞こうか」


「ミンリダと申します。馬車での運送業をやっておりました」


「ん? 〈紅の暴勇〉は元軍人だという噂を聞いたが?」


「そうです。あっしは臨時というか補充でして――〈紅の暴勇〉があっしの雇い主を襲い、あっしも殺されそうになったんで取り入って仲間にしてもらったんです。あっしは獣人がどうとうか、な~んも考えてねえ方ですから」


「イシュラ帝国というのは獣人を迫害しているんだろう?」


「いいえいいえ。来年には亜人のドワーフ・エルフ・獣人・リリパットなんかにも市民権が渡されることが決まったようですぜ」


「はあ? では獣人を襲う〈紅の暴勇〉だけがおかしいってことか?」


「あっしもしっかりとはわかんねえですけど軍の半分は亜人……特に獣人を嫌っている連中が多くて、亜人を保護する法律がしっかりする前にできるだけ追放・処分しようっていう強引な勢力があったみてえです。〈紅の暴勇〉はその中の一つだって話しでさぁ。え~と正式には戦闘第三旅団とか呼ばれていて元は800名いたそうですぜ」


「それが今は10名か。はみ出し者ってことか……」


「どうも切り捨てられたようですぜ。獣人を殺し過ぎたせいで軍から睨まれて、戦争犯罪に該当するとか何とかで、今は軍に見つかったら逮捕されるそうです」


「そうか……」


 なんだか九十九が知りたい話ではなくなってきたので、話を切り上げることにした。


「取り合えず〈紅の暴勇〉の連中はぶっ飛ばすんでおまえは逃げていいぞ?」


 それにミンリダは血相を変える。


「ええっ? 旦那が一人で相手にするんですかい? 他に仲間はいるんですよね?」


「いいやいない」


「無茶だ。連中は修羅場を何度もくぐったおかげで相当な実力を身につけていますぜ? 一人で30人は相手にできるといっていい!」


「ふ~ん。まあ何とかなるよ」


「いやいや。せめてどんな連中か知っておいてくだせえよ。剣士のコカライトは剣術の達人の上に物を何でも接着できる変な能力が使えるんです。アクリアスってガキは閃光と爆音の魔法を使いますぜ。喰らえば意識が完全に持っていかれます。それから紅一点のファンタレはエグい風魔法を使います。その気になれば鉄だって切断してのけますぜ。体が一番でかいジョージアンはとにかく身体が自由にできるようですぜ。筋肉を増やしたり、腕を2倍くらい長くしたり――」


「耳を強化して遠くの会話を聞いたり、だろう?」


「そうそう――」


 直後、赤い軍服を着た者の膝蹴りがミンリダの脳天に走った。

 40メートルの距離を3秒で駆け、接近してきた者が蹴ったのである。


「ちぇっ! 裏切り者を処分できなくて残念でありまっすっ!」


 そういってニタリと笑ったのは狐色の髪を一分刈りにした巨漢だった。ジョージアンだ。

 ジョージアンの膝蹴りはミンリダの眼前で止まっていた。九十九が握り止めていたのである。


「まだ獣人の世話もあるからサクッと終わらせるか」


 九十九は〈紅の暴勇〉をボコボコにする前に、透明化をやめて姿を現した。

 

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