第78話 ノスフェラトゥの人

 ドクッン――ドクッン――ドクッン――ドクッン


 頭の中が鼓動で充ちていることに気づくと、次第にゆっくりとMIAが自分に語り掛けてきていることがわかってくる。


「……回避を……損傷は――続けます」


 頭の中が真っ白だった九十九は生きていることを自覚し、MIAに尋ねる。


「MIA、何が起きた?」


「今から15秒前に索敵魔法を受け、13秒前に500メートルの距離から1億ボルトの電撃攻撃を受けましたが、シールドの展開が間に合い、損傷はありません。攻撃してきた者は間もなく視界に入ります。ロックオンしました」


 九十九は突然の奇襲に完全に泡を食ったが、実際はMIAのおかげでノーダメージであると気づく。

 不意をつかれるとはこういうことかと実感する。虚を突かれると人間は完全に何も考えられなくなり、何も出来ないことを思い知った。

 更に「〈魔の契約書〉のことは対岸の火事」と何の根拠もなく思い込んだのか、と我ながらあきれ返る、なぜこんな近距離にいて巻き込まれることはないと考えたのか自己分析すると「甘え」という答えしか出て来ない。

 反撃しようと九十九は〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉を空を駆け急接近する敵に、速攻射撃インスティンクトのスタイルで銃口を向ける。


「なんだ、あいつは女か? いや男か?」


 狙いを絞る九十九の視界に、黒いケープコートを羽織り、首に真っ赤なストールを巻いた黒髪の者が入る。翼もないのに単身で自由に空を舞って飛んでいく。

 年齢は20歳ほど――身長は凡そ2メートル。顔は美麗な女性に映るが骨格が女性にしてはしっかりし過ぎている気がした。

 肌の色も雪のように白く、瞳が燃えるように真っ赤で異様な迫力を醸し出している。

 すぐに狙撃しようと考えるが――悪魔であるかどうか確認が取りたい。

 その逡巡の間にMIAが報告を行う。


「迎撃の最中でお忙しいと思いますが、大事な報告を行わせていただきます。現在〈紅の暴勇〉が連れて来た3台の馬車には犬や猫の容姿に近い人間が合計54人います。そのうちの2人が少し前に心肺活動を停止しています」


「はあっ? なんだよ、それ! くっそ!」


 ドローンが〈紅の暴勇〉の身辺を調べた結果であるのはわかるが、思わず九十九は嘆いた。

 〈紅の暴勇〉が捕らえているであろう獣人達の生殺与奪をつきつけられたように思えて不愉快になったのだ。

 グダグダ文句を言っても仕方ない――時間を無駄にできないと雷撃を放った者との邂逅をさっさと終わらせることに決める。

 九十九は〈移動板ボード〉でジグザグに飛行しながら謎の襲来者との距離を縮める。

 50メートル接敵するまでに2発の雷撃を飛ばされたが、攻撃のレスポンスは早くない。

 九十九は銃口を向けながら尋ねる。


「おい、あんた。あんたは盗賊ギルドのボスが呼び出した悪魔か?」


 その問いに襲来者はゆっくりと返事をする。


「我は悪魔などではならず。我は高貴なるノスフェラトゥの一族――汝ら人間が気安く語り掛くべからず」


 声のキーは高いがやはり女性か男性かわからない。またノスフェラトゥというのは何か聞き覚えがあった。


「MIA、ノスフェラトゥって何だっけ?」


「吸血鬼の総称の一つです。ルーマニア語のように云われていますが実際は謎のようです」


 九十九は声に出して尋ねる。


「つまりはあんたは吸血鬼ってことでいいのかな?」


「俗なる言の葉かな。いかにも我らは生き血を摂ることもあれど人のつまらぬ評なぞ受け付けず!」


 そう堂々と貫禄たっぷりで九十九に返してきた。まったくこちらを警戒も恐れてもいないことがひしひしと伝わってくる。

 万が一にも負けることがないという自信があふれ出ているのだ。


「そ、そうか。最後の質問をさせてくれ。ジェスガインという名に聞き覚えがあるか?」


「知らず! では死ね!!」


 いうが早く吸血鬼はいきなりバレーボール大のプラズマ球を一気に4つ出現させ、放つ。

 あっという間の早業であったが、放った時には九十九は吸血鬼の斜め後ろに〈移動板ボード〉で移動していた。


「なっ!?」


 相手が回避する前に九十九は〈移動板ボード〉ごと体当たりを敢行していた。〈移動板ボード〉は2秒で時速150キロに加速できる。

 〈移動板ボード〉はカルデェン粒子で偏向シールドを形成し、敵の攻撃を屈折させたり、物理的な干渉阻害が行える機能も有しているのだ。

 〈移動板ボード〉を背中にもろに受けた吸血鬼は23メートル吹き飛んだ後に自由落下に入る。


「おっと逃がさないぜ!」


 九十九は吸血鬼を電光石火で捕まえると〈隷属の首輪〉をはめ、魔力を流し込む。距離を詰めた理由がこれだった。

 〈隷属の首輪〉をはめたのはやはり情報源になることを当てにしてのことだ。長生きしていそうなので周辺の歴史や民族に明るいことを期待したのである。

 吸血鬼は45秒痙攣していたが、次第にゆっくりと蘇生し目を覚ます。


「おっ! さすが吸血鬼。いきなり死ぬことはなかったか。おい、俺の言うことがわかるか?」


 ハッとした吸血鬼はすぐに〈隷属の首輪〉に気づく。


「な、なんだとこれは? 我を無理矢理に手下に取り込むつもりか? なんという仕打ち――汝に人の心やなきや?」


 そういうとハラハラと泣き出す。

 これには九十九も呆れる。


「はあ? 索敵と同時に雷を撃ち込む奴が言うことかよ」


 九十九は今の戦いでそう離れていない盗賊ギルドの野営地で変化がないかチェックする。

 数名が空を見上げていたが要領を得ていない様子だ。

 気づくと吸血鬼が40メートルの距離を離れて逃げていた。


「こら、戻ってこい。命令だ」


 が、吸血鬼は更に距離を開くと、黒いケープコートを蝙蝠の翼状に変化させて一気に速度を上げ、本格的に逃走する。


「あれ? 〈隷属の首輪〉効いていない?」


 〈隷属の首輪〉に詳しくなったMIAが否定する。


「そんなことはありません。今もあの吸血鬼は抵抗を示していません。ですがあのコートが逃走しています」


「服に意志や自我があるのか? もしくは精神系統を2つ持っているとかかな?」


「その場合だと説明がつきますね。ちなみにドローンがすでに3機取りついております」


「あれだ! ほら、パソコンで作業領域を分ける――え~とパーティション! パーティションを分けるみたいに〈隷属の首輪〉に支配されている部分とは別のところで動けるみたいな感じじゃないか?」


「コンピューターで例えるなら『マルチコアCPU』が相応しいかと。複数のCPUで複数のコアを動かしているのに近いと思います」


 MIAの指摘に九十九は急速に恥ずかしくなった。持てる知識をフル稼働したのに空振りに終わると何とも羞恥心が疼く。


「吸血鬼は追わないので?」


「こ、ここは泳がせよう! それより今は獣人の救助だ!」


 九十九は強引に気持ちを切り替えて〈移動板ボード〉の向きを変えた。

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