第75話 兵舎組VS王宮組

 傭兵ギルド施設が騎士団の盗賊討伐要請で慌ただしく皆が駆けまわる中、九十九はフギンとしてやってきた。お供は〈輝きの狼〉とアールセリア――つまりは引き延ばしていたガランティスやキュクロプスの素材の売り込みである。

 クロカッドが受付に云うとギルドマスターのディガギンと話をすることになった。

 待たされている間にクロカッドがフギンに報告する。


「フギンさん、貧民街の悪名高い連中がそろって〈隷属の首輪〉をはめて、家に閉じこもっているという噂が出回り始めましたよ」


 クロカッドには子供たちを略奪しようとしたものの顛末は伝えている。

 フギンは嘴付きの兜を指でボリボリとかく。


「もう噂になってしまったか。さすがにあの町で隠れているようにいうのは無理があったか。仕方がない。どこかにまとめて移動させるか」


 九十九はまたも面倒が増えたとへこんでいると、全身傷だらけの巨漢が姿を見せる。


「おい、キュクロプスを討伐したとか本当だろうな? 嘘だったらこの糞忙しいのにただじゃおかんぜ?」


 相変わらずのディガギンの凶相に〈輝きの狼〉とアールセリアも震えあがる。

 仕方がなくフギンが前に出る。


「うむ、本当だ。拙僧がアールセリアの命令で討伐し、その死体を保管している。死体が出せる場所を指定してくれ!」


「なんだ、あんたは? アールセリア様のお付きの一人か?」


 アールセリアも傭兵ギルドに一応登録済みであった。

 アールセリアがずいと前に出る。


「こやつは間違いなくみどもの配下の者じゃぞ? 噂の黒いドラゴン討伐もこやつの仕事じゃ!」


「な、なんだと? 信じられないぜ!?」


 これにはディガギンも凍りつく。

 フギンはアールセリアに黒いドラゴン討伐も「アールセリアの命令で行った」ことにするように言いくるめていた。この際、アールセリアの味方になってもらうために傭兵ギルドにはある程度の情報を開示しようと考えたのである。


「黒いドラゴンの討伐の権利を主張というわけか……。しかしそれを証明する必要があるぜ?」


 アールセリアは寛容な態度で首を横に振る。


「それはどうでもよいのじゃ! 素材も全て勝手にしてくれてよい。その代わり、今回の素材の買取をゴチャゴチャ言わずに引き受けて欲しいのじゃ!」


 ディガギンは隻眼を細め、太い顎に手をやり沈黙する。アールセリアのネームバリューとフギンの得体の知れなさを頭の中で天秤にかけているようだった。


「ガランティスやキュクロプスの素材がいらぬようならガゼロンのハバト商会にでも持ち込むぞ? みどもにもそれぐらいの伝手はあるのでな。ガハハハッ!」


 アールセリアが胸を張ってハッタリを言うとディガギンの中の天秤は一気に傾く。


「ま、待った! 買い取るぜ! 買い取らせていただくぜ。ガゼロンの連中を儲けさせるなんて冗談じゃないぜ!」


 それからフギンはギルドの裏庭に素材を〈アイテムボックス〉から取り出した。

 高級素材の場合は解体に立ち合いが必要ということで、〈輝きの狼〉が居残ることになった。




 更に3時間後――日没して間もなく盗賊討伐の軍勢が町の西門近くの林の中に集合した。

 傭兵ギルドは〈蒼ぎ鷲〉のサンドックを筆頭に23人参加、うち8人が目黒達である。

 王国側からは第一騎士団22名、一般兵31名、そして雲雀丘・赤羽らの8人も参加した。九十九が傷つけた巣文字達は参加していない。

 目黒、北六条らの手にしている武器は、術師以外は事前に話し合った結果、タイマツになっていた。

 雲雀丘は合流して間もなく、クラスメイト全員に向け言う。


「みんな、今日は一丸となって実戦を行う大事なイベントだ。しかるに今一度、使える呪文や装備を報告してもらい、現状を把握し合おうではないか!」


 リーダー然とした偉丈夫の雲雀丘に、金髪をソフトモヒカンにした少年・北六条が問いかける。


「つか、まずはそっちの報告をするのが先だろう? そっちは城に行ってから帰らなくなったけど、こっちは狭い兵舎で寝起きしているんだ。いつそっちに合流できるんだよ!」


 北六条は現在モンスター討伐を得た金で宿屋生活を始めていたが、そのことを伏せていた。雲雀丘達と討伐で合流しそうだということがわかった時点で、ある程度どんなことを話すか仲間と決めていたのだ。

 北六条は雲雀丘達に明らかに敵愾心を持っていた。

 雲雀丘達はもっともだといった顔をし、頷いた後に語る。


「宿泊事情に関して報告が遅れたのは申し訳ない。王宮と言ってもそんな大きいものではないので、クラス全員が泊まれそうにないのだ。しかるに今の現状ではこのまま行くしかない。だから一刻も早くクラス全員の技量を高めていく必要があるんだ! そうすれば自由に使えるお金も手にできる」


 雲雀丘はクラス全員のことを考えていると強調しつつも、現状をすぐに変えられないと説明する。

 元社長派閥の赤羽・小杉・吉祥寺も同様の説明をする。


「王宮の暮らしと言っても大したものではございませんですよ。わたくし達は3人で一部屋で、一つのトイレも3人で使わなくてはなりませんし、お風呂もございませんの。せいぜいお湯をもらって、大振りの桶で湯浴みする程度ですの。食事もまあ品数は多いですがコンビニレベルの質でございますし」


「そ、そうですか……」


 兵舎暮らしを割り当てられた目黒・万代・日立中の女子は赤羽の説明に引きつって返事をした。

 今の宿に移る前での境遇とは雲泥の差であることをまるでわかっていない赤羽達にじわじわと怒りがわいてきているのが、九十九には見て取れた。

 赤羽たちは自分たちが悪手を打っていることを自覚できていない。せめて目黒達の実情を知ろうとする姿勢を見せるだけでも違うだろうにと九十九は思う。


「ではみんなの現状を再度報告して欲しい!」 


 兵舎組のわだかまりに一切関心を示さない雲雀丘達は、前回よりも詳しい個人データを集め出す。

 そして雲雀丘は親しい藤沢や赤羽・関内と集めたデータを元に話し合う。

 だがデータは全体で共有する動きはない。

 それに北六条が鼻を鳴らして目黒らにいう。


「な? 言っただろう。てか連中、自分たちのデータはこっちに回す気がねえって!」


 北六条はある予言を九十九たちにしていたのだ。雲雀丘達はこちらにあれこれ聞いてくるが、自分たちのデータを教えはしないだろうと――。

 雲雀丘や赤羽は、自然に他者の上にいる気でいるのを北六条は見抜いていたのだ。

 予想に合わせて北六条はレベリングで覚醒してスキルを得た件を、雲雀丘達に教えないようにしようと事前に打ち合わせていたのだ。

 北六条の予言的中に目黒は露骨に動揺していた。


「あははは~、こんな事態になるなんて……。本当に私達のことを考えてくれてないんですね~」


 目黒だけが雲雀丘がそこまで利己的ではないはずだと主張していたのだ。きっと全員に配慮した提案をしてくれると、アピールしたが結果はまるで違った。

 目黒は洞察力も人を見る目もないと仲間の前ではっきりとさせた。やはり目黒はリーダーには向いていないと、九十九は改めて思う。


「MIA、北六条ってもしかしてずっと雲雀丘の悪口を言っていた?」


 北六条に張り付いたドローンの情報を精査したMIAが九十九に回答する。


「兵舎暮らし2日目から言いだしています。若松さん、万代さん、日立中さんとその話題で意気投合しています」


「へえ、そうなんだ」


「兵舎の食事の質切っ掛けで王宮組に対する怒りが増大しているように分析できます」


「そ、そうか――」


 待遇の差で恨みを持つのはよくわかる気がする。食べ物の恨みは恐ろしいのは世の理である。

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