第73話 盗賊狩りへの誘い

 第三騎士団に盗賊捕縛の件は無事に引き継がれたが、予想外の展開となって九十九に返ってくることになる。

 盗賊ギルド〈夜の鉤〉が暗躍していることをマースク団長がティガン将軍に報告すると、ティガン将軍は第一騎士団に盗賊討伐の命令を下した。騎士団本部も〈赤の曙〉街道に怪しい者達がたむろしている情報を掴んでいるようだった。

 第一騎士団は任務を受けてすぐに傭兵ギルドに討伐の協力の要請を行った。大人数の盗賊を逃さずに捕えるため、人員が必要と判断した結果である。

 盗賊討伐の協力は宿で休んでいた目黒達にも届く。

 〈葡萄の木亭〉にも傭兵ギルドから使者が来て、目黒、新代田、川崎、九十九、北六条、若松、万代、日立中に参加の勧誘が掛かったのだ。

 8人は目黒の部屋に集まって話し合いを行った。昨日は心的外傷後ストレス障害を思わせるものが数名いたが、今日は全員気力を取り戻しているように映る。

 目黒は参加の要請に青ざめる。


「さ、さすがに急すぎますよ~。二日前に死闘を経験したばかりなのに~」


 若松も釣り気味の目を更に吊り上げ、深く頷く。


「まったく同意見。こんな素人が必要なほど〈最速でお願いASAP〉な状況でもないだろうし」


 どこか浮世離れしている若松だがフィジカル的にもルックス的にもクラスの上位にいることで皆は発言には一目置いている。普段は徹底的に自己主張しないタイプで、今も北六条の後ろに控えているポジションにいるが、必要な時だけは口を開く。

 人柄も好かれているがクラスメイトの情報をかき集めていた九十九は、若松のある噂を耳にしていた。

 それは中学3年の時に10日間家出をしたと言うものだ。

 近所の噂ではソーシャルゲームへの課金で百万近く親のクレジットカードを使い込み、それを責められたことが切っ掛けの家出だという。

 九十九的には若気の至りだとは思うが、若松が突如とち狂うことがあるかもしれないと警戒している。

 若松に続き、いつもの青い顔を更に青くさせて新代田もいう。


「若松氏の言う通りだよ。えっと云わせてもらうと、モンスターと人間相手では戦い方がまるで違うと思うよ。人間は狡猾だから一つのミスですぐに殺されることもあり得るからね!」


 日立中も〈野蛮杖バルバロイ〉を握りしめながら激しく頭を縦に振る。


「風人さんの意見に大大大賛成です。我々、対人戦の訓練をしてないじゃないですか! このまま盗賊を相手にするとか自殺行為になるんじゃないですか?」


 否定的な4人がそう言ったところで不参加の雰囲気が漂ったが、万代が苦そうな顔をして口を開く。


「確かに怖いし、死のリスクが高いと思う。だけど、参加しないリスクもあると思う。つまり要するにこれは対人戦を経験するチャンスにもなると思うんだよ――グフフ」


 万代の言葉に北六条が頷き、同意する。


「万代っちの言うことに俺は賛成だな。てか、対人戦ってこの先逃げられないって思うんだよね。俺はやるよ。てか傭兵ギルドでの実績作りも疎かにできないからな! 今回ギルドに恩を売るのは大きいと思うぜ」


 川崎は自分の拳を誇示するように前に突き出して言う。


「悪いけど、僕は参加するよ。だいたいさ、職業〈拳僧〉なんで、どうしても人間と戦う機会を逃すと後が大変なんだ。〈拳僧〉は人間相手に特化した職業だからね!」


 九十九も小さく手を挙げて語る。


「自分はどっちでもいい。参加するなら盗賊でも殺したくないから、石を投げることでみんなを支援することしかしないけどね」


 九十九はゲーム内の謎の指数・カオスバランスを意識し、後方支援的に立ち振る舞おうと思っていた。実際それでうまくいっている。

 九十九的にはこの話し合いがどっちに転んでも構わない。

 ただ半数が盗賊討伐に参加したいというとは意外だった。ヘルモードのレベリングから立ち直るのにまだ時間がかかると思っていたからだ。

 何より川崎が参加表明するのは予想すらしていなかった。目黒、新代田同様に臆病で打算的だと九十九は思っていたからである。


「川崎、人を殺すことになるかもしれないことは覚悟しているんだよな?」


 九十九は川崎にストレートにそう言葉をかけた。川崎はほんの一瞬、恐れを表情に浮かべたが、すぐにそのふくよかな顔に笑みを張り付ける。


「あの……これはだいたい他人に言うことじゃないけど――僕は中学の時に、ちょっと引きこもりでね。結果、転校までするはめになったんだけど……引きこもりの原因はとても小さいことでさ。で、引きこもっている時に、キツいことも一回は逃げないで立ち向かうことに自分で決めたんだ。だから今回、ちょっとだけ頑張ろうって思ってね」


 川崎は突然の独り語りを終えると、顔を真っ赤にした。本心を吐露したことで照れ臭くなったのだろう。

 九十九はシンパシーを覚えることはなかったが言いたいことはわかった。他の者もあざけるような態度を取らない。

 参加組と待機組で別れることになる雰囲気が漂ったところで新代田が声を出す。


「えっと川崎氏が参加するなら私も参加します。相棒なんで!」


 新代田は相変わらず淡白な表情のままでそういって、大きく頷いて見せた。相棒と言われた川崎は「えっ?」といった顔をした。

 新代田の方向転換に目黒が血相を変える。


「えっ!? みんなが参加するならリーダーの私が逃げるわけにはいかないわよね~。み、三田くん、支援をよろしくね~」


 なんと今まで一番レベリング後の心労をアピールしてきた目黒ひまわりまでが盗賊討伐への参加表明をしてきた。完全に置いていかれまいとする保身だと、九十九たちはわかったがあえて誰も指摘しない。

 6対2となると待機組だった若松と日立中も日和始める。


「この暫定的クランが参加に傾くなら、自分も参加するしかないし! 〈役に立てたら嬉しいHTH〉って感じで!」


「えっと、あの――鉄馬くんがそういうならうちも参加するしかないじゃないですか!」


 8人がそろって盗賊討伐に参加することになった。一致団結に表情が皆明るくなるが、それは一瞬だった。すぐに表情を重く、硬くしていく。

 生きている人を相手にするのがとても難しく、罪悪感が伴うことだと悟ったからに他ならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る