第71話 貧民街での遊猟・後半

 40名のゴロツキを目にした浮浪者や強盗達も、邪魔しないように路地に消えていく。

 高揚する者たちから異様な迫力が漂っていたのだ。

 赤ら顔の中年男ゾルガが、リーダー然としたゲッソに近づく。


「ゲッソ、クロカッドのガキは俺に殺させてくれ!」


「なぬ? あれは高く売れそうなんだがな?」


「いいじゃねえか、あいつ、俺に恥をかかせたんだ! 生かしちゃおけねえ!」


 ゾルガは二日前にクロカッドにあしらわれたことを恨みに思っていることを露わにする。


「はん……考えておこう」


 ゲッソの左側にいる全身入れ墨男が緊張した声を出す。


「頭……本当に〈雷火の狼〉は町に戻ってこないんですか? 戻ってきたらクロカッドの仇を取ろうとしてきますぜ?」


「ちっ、おめえも気が小せえな? もう一年も帰っていないんだ。全員死んじまっているに決まっている!」


 そう答え、しばし歩いたところでゲッソは異変に気付く。

 引きつれていた者たちが騒ぎ出したのだ。何事かと思っていると、何人かが頭から血を流し、倒れているのが見えた。


「ん? どうした? 喧嘩か?」 


 そう思っているとゲッソの前方にいた追いはぎのモナロが唐突に倒れる。モナロの近くで拳大の石が転がった。


「な、なんだ? 何が起きてんだ?」


 ゲッソを初めとするゴロツキ達は事態が把握できないまま、次々と地に伏していく。

 それは凡そ4秒間隔で起き、ゴロツキ達は半分近くまで立っている者の数を減らす。

 ゾルガが怯えた声を出す。


「そ、そういえばクロカッドの仲間に、石を投げるのが得意な奴がいた!」


 ガツン――直後、ゾルガも顔面に石の直撃を受けて後ろ向きに倒れる。

 ゲッソがまだどうすべきか迷っていると、正面から身長の高い者が姿を現す。顔には黒い布が巻かれ、手にはこん棒と石が握られていた。


「素早く逃げそうな奴から石を投げていったが、こんなもんだろう。後はこん棒をご馳走してやるぜ!」


 九十九であった。九十九は急ぎ調達した石で、ゴロツキ共を沈黙させていたのだ。逃げられると子供達に火の粉がかかると考え、石で討つことで逃走を防止したのである。

 石も尽きたし、面倒なのでこん棒で痛めつけようと判断した。


「な、なんだてめえは? ひ、一人か? 一人で俺らを相手にしようっていうのか?」


「うるせえ、全員最低でも骨を一本砕いてやるから覚悟しろ!」


 そういうと九十九は顔を隠しながら、20名ほどの者に襲い掛かる。

 ゲッソらは手に武器を握り、九十九を迎え撃つ。囲んで複数で何度も刺せばすぐに終わると、誰もが予想する。

 だが九十九に近づいた者から悲鳴を上げて、無効化されていく。

 こん棒を短くスイングさせると、九十九は次々と悪党たちの体の一部を砕いていった。

 ある者は顎を、ある者は膝の皿を、ある者は股間を――。

 九十九にしてみれば、簡単な作業でしかない。全てがスローモーションで進行し、警戒すべき点は何もなかった。


「おでの出番だな?」


 そういってゲッソよりも少し背が低いが横は三倍もある男が前に出る。


「よし、ガブノブ、やっちめえ!! おめえはこのためにいつも二人前食わせているんだからな!」


 ゲッソにガブノブと呼ばれた巨漢はおもむろに自分の口に、乾燥した茶色の葉っぱをぐいっと押し込む。

 それを一気に飲み込むとご機嫌といった顔をする。


「ぐっはっ!! もう効いてきたど! これで痛みなんか感じねえ」


 即効性の興奮薬を飲んだか――と思ったが九十九は遠慮なしに距離を詰める。

 ただの高校生だった自分ならば150キロはあろうかという攻撃的な肉感にたじろいていただろう。だが今は何の脅威でもない。


「死んどけ、間抜けが!!」


 そう吠えたガブノブは太い棍棒を振り上げて、九十九の脳天目掛けて降ろす。

 九十九は2歩下がり、空振りに終わった棍棒を、前蹴りと呼ばれる足の裏を叩きつける技で打つ。

 蹴られた棍棒はガブノブの太い右足に深くめり込んで止まる。


「いっ、痛ぇよ~!! スンゲ~いでぇ!!」


 ぶっ倒れたガブノブの髪の毛を九十九は強引に掴むと、空に高々と放り投げる。


「痛くねえんじゃないのかよ? どっちなんだよ」


 四メートル舞って背中から落下したガブノブは、激痛にジタバタとのたうち回った。


「ひぃ! 化けもんだ!!」


 ゲッソは逃げ出す。47年の人生の中でも九十九のような存在と一度も出会ったことがなかった。

 ゲッソはハッタリと逃げ足だけは自信がある。それだけで貧民街でのし上がったと言っていい。

 酒と怠惰でくたびれた体をフル稼働させ、全力で貧民街を駆ける。

 2分経過したところで逃げおおせたと思った。後ろから近づく者の気配はない。

 すると、顔面をいきなり前方から殴られた。

 九十九がゲッソをぶん殴ったのだ。


「い、いつの間に前に? 嘘だ!」


「うるせえ、牛ヅラのおっさん! それより聞きたいことがある。さっき話していた〈雷火の狼〉っていうのはなんだ? 冒険者パーティか?」


「ふえっ?」


「早く答えないと、頭を陥没させるぞ?」


「ひえっ、い、いいます。〈雷火の狼〉というのはこの街の孤児で結成された冒険者達の集まりです。こいつらは孤児を集めて、冒険者の手ほどきをしていたんですが、一年前の護衛の仕事から帰って来てねえんです!」


「ほう――クロカッド達はその者たちの弟子筋ってことなのか?」


「あ、あの――俺はもう行っていいですかい?」


「まだまだ色々教えてもらうぜ。まずは〈悦び屋〉と〈夜の鉤〉のことだ。それと小銭をため込んでいたら、全部いただくぜ」


 そういうと九十九は鼻血を流すゲッソの首に〈隷属の首輪〉をハメた。ダンビス商会と〈無敵の三日月〉らが持っていたモノをMIAが改良した〈隷属の首輪〉である。

 早速魔力を流して、ゲッソを〈隷属の首輪〉で拘束・支配する。

 闇の奴隷商〈悦び屋〉はまったくもって初耳で興味はない。が、クロカッドらは関心があるのではないかと考え、九十九は一応情報を収集しようと考えた。

 九十九は昏倒したゴロツキ共に〈回復ヒーリング〉レベル2を浴びせた後、体格の良い者から順番に〈隷属の首輪〉をハメていく。

 MIAアレンジの〈隷属の首輪〉ははめた時点で自殺と犯罪行為が禁止される。

 そして次の命令を受けるまで安全なところで身を隠すように指示した。

 九十九の暗闘はまだ終わらない。

 

「次は〈碧の森〉か……〈移動板ボード〉よ!」


 〈移動板ボード〉に飛び乗ると次は南西に飛ぶ。盗賊組織〈夜の鉤〉がある村を真夜中に襲撃し、村民を皆殺しにして入れ替わろうという計画をたった今キャッチしたのだ。

 連中は奪取した村を今後の拠点にしようという算段を立てていた。


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