第68話 宮廷魔術師ソクソーン
竜使いのことがあって間もなく、九十九は〈葡萄の木亭〉の近くで昼食を取ろうと決めた。
〈葡萄の木亭〉は金を出せば昼食も提供するが、朝の感じだと続けて食べる気にはなれない。
基本カルデェン粒子で生命維持できる九十九だったが、情報精査に頭を使うと「食べたい」という生理的欲求が高まる。
〈葡萄の木亭〉はブロズローンの中心にあるので食べ物を扱う露店もそこそこあった。
売っている食べ物は粥と肉の串焼き、乾燥肉、パン――以上だ。
「おいおい、食文化貧しいな~。あんまりしっかり見ていなかったけどトマトやジャガイモもないのかよ。朝食べた芋は何かねっとりとしていたし――これは結構真面目に食の改善に早めに取りかかった方がいいかもな」
「〈
九十九はMIAの提言に顔をしかめる。〈アイテムボックス〉に入れた〈
「ごもっともだけど〈
九十九は2回、家族でアメリカ旅行しているが食のクオリティがいま一つだった記憶がある。〈
「ねえ、〈
「できます。ゲノム情報があるものは作り出せます」
「ええっ? できんの!?」
「はい、主な野菜――81種類の野菜のゲノムデータがあります。穀物は45種類、果物64種類、ハーブや調味料になる植物は81種類あります」
「ひえ、マジか! これは本当に農業に手を出さんと!」
と思ったところで九十九は頭を横に振る。自分で仕事を増やしてどうすると余計なことは考えないことにした。
九十九はパンと串焼きを買って、〈葡萄の木亭〉に戻りドローンからの情報チェックに戻る。
九十九の目に留まったのはアールセリアに関係することだった。
現在、雲雀丘や巣文字たちの観察の他にアールセリアに関する情報を王宮内で集めていた。
短い間とはいえ、九十九はアールセリアが妹を虐待していたなど信じられなかったので、王宮内に複数のドローンを展開していた。
結果から言えばアールセリアの疑惑を払しょくするような情報の取得に成功していない。かん口令が敷かれたようにアールセリアの名前は王宮内でささやきもされていないのだ。
ただ一人だけアールセリアの名を何度も呼ぶ者がいた。他ならぬ現在の女王ロプティアである。
ロプティアは小学生低学年ほどに映る。青い瞳と大き目な口以外は姉とは似ていなかったが、やはり幼女にして気品ある美貌を持ち合わせていた。
「アールセリア姉ちゃまはどこ? いつ帰るの? 早く会いたい!」
ロプティアは姉を恋しがり、毎日泣いていたのだ。
ロプティアを取り巻く人物は2人いる。一人はロプティアの母のギアンヌだった。非常にヒステリックな人物で、誰彼構わず、嫌味や罵倒を投げかける厄介者である。
娘の権力・威光を最大限に利用をしているが、全てが空回りしているように九十九には映る。
言葉遣いや考え方も教養が欠けているように思う。
もう一人は宮廷魔術師のソクソーンだ。20代後半で、銀の長い髪を総髪にした神経質に見える青年だ。美男子といっても差し支えない程度には整った外見をしている。
ソクソーンが雲雀丘達と交流があるので何度も目撃していた。
ソクソーンは現在ロプティア女王の代わりに国政を取り仕切っているようだった。さらにギアンヌとは寝食を共にし、ロプティア女王を娘のように扱っている。
MIAの分析ではソクソーンは重大な会議の取りまとめや、国の政策や契約の決定も行っているという。
今のところ九十九はソクソーンが何者であるのか正しく把握していない。監視映像を観る限りは書類仕事も会議なども物静かにこなしている。真面目でそつがないように映るだけだった。
クロカッドはソクソーンがアールセリアを追放した元凶であると言っていたが、それに関する情報はまだ取得できていない。
そんな監視を続けるリアルタイムで、警戒すべきことが起きた。
ソクソーンの部屋にある者が訪れたのである。全身黒づくめ、フードを深くかぶった男が突如、姿を見せたのだ。
「馬鹿な……〈結界〉を複数張っていたのに、よくぞここまで入ってこれたな!」
「ちっとばかり〈結界〉を張っていても無駄だぜ? 魔術はできても建築には無知のようだな。いくらでも侵入する経路はある。それよりもおまえを何と呼ぼうか? 宮廷魔術師ソクソーン――それとも元イシュラ帝国魔術師第四旅団団長のディスガーと呼ぼうか?」
その言葉にソクソーンは露骨に怯む。
「……そんな馬鹿な、そこまで知っているのか?」
「あんたはちいとばかり有名人だからな。それよりも警戒しなくていい。俺はあんたの味方側だと言っていいんでな」
「味方側? 素性を知らないおまえを信用しろといっているのか? 馬鹿げている」
ソクソーンは侵入者に警戒を強めた。だが九十九は侵入者が誰であるか知っている。
〈無敗の三日月〉を裏から操り、オシロス老人のために動くガゼロンの暗殺者ギルドのボス・ドゼルであった。
ドゼルはまたもオシロス老人のために動いていたのだ。
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