第67話 黒竜の乗り手の行方

 予想外に〈葡萄の木亭〉でゆっくりと過ごすことになった九十九に、注目すべき情報がドローンからもたらされていた。

 町を襲いに来た黒いドラゴンに乗っていた者が何者かと遭遇したのだ。

 ブロズローンを黒いドラゴンと共に強襲した者は、九十九に迎撃された後にただひたすらに南下を続けていたのである。

 龍の乗り手は全身を黒いフード付きの服で覆っていたが、3つのドローンの47時間の観察から十代の細身の男性だとわかっていた。時より覗かせる腕には黒いタトゥーのようなモノが見える。

 移動先は辺境の地ばかりで移動手段は徒歩だけだった。逃走して二日で6時間の睡眠しかとらず、休憩もほぼなしに走り続けていたのである。死を覚悟しての逃避行にしても、なかなかできるものではない。

 11つの山、8つの森、4本の河を越えた荒野でふいに足を止める。進んだ先で焚き火をしていた者と出会ったのだ。

 そんな逃亡者は焚き火をしていた者に「ガーナス」と呼ばれた。


「黒竜ヴィンチルブスを失ったんだってな、ガーナス。最強の一族がまあ聞いてあきれるぜ!」


「うるさい! 確かにヴィンチルブスは失ったけど、ガオルの一族が敗北したわけではない! そんな嫌味をいうために待ち構えていたのか?」


「ふふふっ、まあいいさ。故郷に報告する間に俺様がエバグル王国を陥落させておいてやるぜ!」


「ゲオゾルド、おまえは確かに強い。最強のワーライオンだ。だが、我らのヴィンチルブスを倒した者には勝てぬ! さらに言えば個人が一国を陥とすことなど思い上がりも甚だしい!」


 ガーナスの前に立つ体の大きな者・ゲオゾルドはその言葉を聞いて、口元に太い笑みを浮かべる。ゲオゾルドと呼ばれる者は全身を黄土色のフード付き貫頭衣ポンチョで覆い、顔も口元だけ空いた革製のマスクを付けていた。

 九十九は骨格と声からゲオゾルドが女性であろうと思う。ただ身長は2メートル以上あり、体重は優に100キロは超えているように映る。

 ゲオゾルドは大きな自らの拳で分厚い胸を打つ。


「まあ見ていな! できるできないなんざ、俺は言い争う気はねえ! おまけにエバグル王国粉砕はイシュラ帝国を陥落させる前戯でしかねえ! やってのけるぜ」


 ゲオゾルドが堂々とそう言うと、ガーナスは半眼となり唐突に走り出す。

 走り去るガーナスの背を見るゲオゾルドがつぶやく。


「ガオルの一族を敵に回すようなことを言ったのはマズかったかな? まあ機嫌を取ってもどうしようもねえがな」


 その言葉に答える者がいた。ゲオゾルドの近くの木の陰から浮き出るように姿を現したのである。全身青色の衣装を纏った者が口を開く。こちらも驚くほどの高身長だった。


「構わないでしょう。所詮、竜使いの一族と親しくすることなど不可能でしょう」


「まあその通りだな。ともかくとっとと俺らはエバグル王国を潰しておこう。でないとイシュラ帝国攻略の際に、連合軍の末席に追いやられることもありうるからな」


 そう息巻くように言うゲオゾルドに、青い服の者はため息をつく。


「『俺ら』というのは不適切でしょう。やるのはゲオゾルドあなた一人――私はただの見届け人に過ぎないでしょう」


「へん! まあどうでもいい。細かいことはエバグル王国の騎士と魔法使いを皆殺しにしてから考えるとするぜ!」


 そういうとゲオゾルドは急ぎ足で歩き出す。青い服の者も嘆息をついた後にそれに続く。2人の行き先は北北東――九十九のいるエバグル王国ブロズローンだった。


 そのやり取りを診ていた九十九はMIAに告げる。


「なんかこいつらもしでかしそうだな。追加でドローンを投入して監視を続けてくれ。もちろんガーナスとかいう奴も引き続きな」


「承知しました」


 それにしても――と九十九は思う。

 エバグル王国の武力をたった一人で粉砕するという者が接近してくるという情報は、今までの中で一番の大事である。

 更に正体も謎だった。エバグル王国を攻撃するというが、イシュラ帝国さえも攻略の対象となっているとなると九十九の全く知らない勢力の人間ということになる。連合軍というのも気になる。

 しかしゲオゾルドと竜使いガーナスの話から、黒いドラゴン・ヴィンチルブスは凄まじい力を有していたことが推察できる。


「となるとゲオゾルドはヴィンチルブス以上ということはないのかな? でもまあ……これは戦うのが楽しみになってきたぞ!」


 九十九は急速に自分の中で闘志が燃え上がるのを覚えた。

 別にエバグル王国を救いたいというわけではない。ただ未知数の戦いに挑んでみたかったのだ。

 自分は装備やアビリティでかなり恵まれてこの世界に来たために、まだ本当の意味で命を賭けた戦いをしていないという思いが生まれてきていた。

 ヘタレと思われがちな目黒達が命を賭けてレベリングをしたことに比べると、自分はぬるいという自責が九十九にはあったのだ。

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