第66話 心的外傷後ストレス障害
リエエミカ達と別れて1時間後――九十九はフギンから元に戻り、〈
〈葡萄の木亭〉は宿泊者に一階の受付前の広いエントランスで朝食を提供している。8人はそろって朝食の卓につく。
朝食のメニューは、ゆで卵、ハム、茹でた芋、丸いパン、豚肉とカブのスープ、そして木の実の入ったお粥であった。飲み物は黒い液体である。
「主食はどれなのさ。そんで味付けは予想通り塩オンリー。いやスープに若干ショウガ風味がするな。飲み物は――匂いはビールっぽい? あ、なんかパンの味がするぞ、これ。でも兵舎のモノより全然上等だよな。あっちは男飯感ハンパなかったし」
九十九はぶつぶつといいながら食事をしていると、他の7人の変化に気づく。
7人が7人、朝食をほとんど食べていないのだ。それは食欲旺盛な川崎も同様だった。
「川崎、おまえどうしたんだよ? ぜんぜん食べてないじゃん」
「いや……何か寝起きだからか食欲無くてね。だいたいあんまり朝はガッツリいかないんだよね」
川崎は九十九にはにかんで答えた。
それは嘘だと思った。川崎はいつでもガッツリいっていたのを目撃している。
川崎だけではなく、北六条・若松・万代・日立中も何かがおかしい。ある者はイライラ、ある者は完全な無表情、ある者は挙動不審の動きを見せていた。
「えっ? どうした、万代」
「はい? 何のことでしょうか?」
九十九に首をかしげる万代の目から涙が流れ出ていたのだ。本人には泣いている自覚が見られない。
それはみんなを動揺させた。
こ、これはPTSD――心的外傷後ストレス障害って奴か?
心的外傷後ストレス障害とは生命を脅かすほどの激しい体験がきっかけで、精神が不安定になる症状を指す。戦争を体験した者の多くが発症するといわれている。
九十九は見逃していたが、今回のレベリングが転移組の精神を傷つける可能性について気づいていなかったのだ。
レベリング中に強い拒絶を示す者はいたが、命がかかっている現状でそんな甘えは許されないと考えていた。7名も危険な世界に対応しなくてはならないという覚悟を、個人差はあるが持っているように見られた。
厳しいレベリングをしたことを今でも正しいとは思うが、目黒らが精神的に大丈夫かと言えばそういうわけではない。
いくら安全が保障されたとはいえ、狩りもしたことがない者が、凶悪なモンスターと次々と対峙し、命を奪うことは精神にとてつもない負荷をかけた可能性がある。
ちょっと詰め込み過ぎたか。せめて3日ぐらいの時間をかけるべきだったかな?
目黒達は同じ冒険者に騙される体験もしているので、もっとタフになっているだろうと思っていた。
が、やはり生き物の命を奪ったことがない現代っ子が平気でいられるかと言われれば首を横に振るしかない。しかも昨日のレベリングで一人平均20匹はモンスターを殺めたから精神的に摩耗しないわけがない。
とはいえ九十九は反省はしていない。PTSDが自死を選ぶきっかけになる危険なものであると理解していたが、目黒らに同情する気にはならなかった。
こっちは善意でやってやったことだからな! 俺がいじめられていた時に遠巻きに面白がっていた奴らには、もったいないほどのサービスだよ。
明らかにデスゲームをさせたい悪魔ジェスガインの企みのこともあり、九十九は2年A組の人間に死んでもらいたくないと考えている。
それでも目黒らに友情を持つようになるとは思っていない。巣文字や雲雀丘らの横暴さに対して傍観していた者に等しく嫌悪感が強くあった。
とはいえ目黒たちをこれ以上追い込んでも面倒なことになるだろう。さてどうしたもんかな?
MIAにとりあえずアドバイスを求める。
「まずPTSDかどうであるかの診断は非常に難しいです。時間をある程度かけて見定める必要があります。またPTSDであると診断された場合も個々に合わせた処方が必要になってきます。初期段階ではよく眠ることが推奨されるケースが多いです」
「そ、そうなのか。それじゃあ何か眠りやすくなる薬とか用意してみるか」
九十九は7人をどうすべきか考えたが、しばらくは〈葡萄の木亭〉で全員休ませるのが一番ではないかと結論を出す。
「金もあるし、3日ぐらい完全休養しようぜ。フギンさんにいってモンスターの売却も少し待ってもらおう。そんで次にもっと遠征できるように情報を集めたり、装備を買い込もう!」
九十九の提言は受け入れられた。
目黒ら8人は〈葡萄の木亭〉を定宿にしようという運びとなり、完全休暇にすることを選択する。
キュクロプスらモンスターの売却も後日となる。
まあ時間が何とかしてくれるだろうと九十九は気楽に考えた。
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