第65話 破廉恥な家主
そんな時、ベタベタと足音を響かせて一人の黒い眼鏡をした黒髪の少女が廊下の奥から現れる。
「まったく朝から何の騒ぎなのよ? わたしは朝が弱いから静かにして欲しいのよ」
ウェーブのついた黒髪を腰まで伸ばした女性は16歳ほどに映る。派手さはないが均整の取れた美貌を持つ少女は不機嫌であることを隠さない。
九十九は眼鏡少女に大きくぺこりと頭を下げる。
「お邪魔しているぞ、ヴァレリーヌさん――」
「ああ、あんたか――早くこの人達が出ていく算段をつけて欲しいのよ!」
ヴァレリーヌはそういってリエエミカ達に人差し指を向ける。アンライトは申し訳なさそうに会釈する。
「ヴァレリーヌさん、転がり込んで申し訳ないと思っているのですわ。ですが今しばし時間をいただきたいのですわ!」
レべリアとリエエミカもかしこまったように振舞う。
この樹洞の住居はヴァレリーヌのもので3人は押し掛けるように逃げ込んでいたのだ。
九十九がリエエミカ達を匿ってもらう先を探していた末に、リリパットのノドルに相談すると薬師のガズ翁に紹介されたのがヴァレリーヌの巨木であった。
まだ寝たきりのガズ翁であったが、弟子のノドルを通じて九十九の危機を知るとヴァレリーヌを紹介してくれたのだ。
ヴァレリーヌは〈黒樫の森〉の奥に一人で住んでおり、〈隠ぺい〉魔法などを駆使して隠遁するかのように暮らしていたのだ。
ガズ翁が語るにはヴァレリーヌはやや年上だという。人間のような年の取り方をしていないのはもちろん人間ではないからだ。
聞くところによるとヴァレリーヌは吸血鬼と森の精のハーフだという。
両親の資質を継いで魔法に堪能なヴァレリーヌは、やがて魔法を忌避する村人に疎んじられるようになった。そこでヴァレリーヌは木に干渉できる魔法を使って森の中で一人で棲みだした。
迫害を受け、孤独に人里離れた生活をするヴァレリーヌではあるが、根っからの人間嫌いかというとそうではないと九十九は思う。
「ヴァレリーヌさん、この樽にはパンと焼き菓子がたっぷり入っているんで4人で召し上がって欲しい。余るほどあるので!」
九十九の言葉を聞いて不機嫌だったヴァレリーヌの表情がパッ~と明るくなる。
「それを早く言うのよ! 朝は焙ったパンにマフィンで決まり! マフィンは『ある』と云うのよ?」
「もちろん。甘くないのと甘いのと凄く甘いものと種類を取り揃えている!」
「うひょっ、ありがとう! 今日は楽しくなる予感しかしないのよ~♪ わたし、やっぱりツクモは好きかもよ。でもこれは逆にちょっともらい過ぎかもしれないよ。少しお礼をするよ」
するとヴァレリーヌは九十九に近寄ると、体をぴったり密着させた。そして胸をこすりつけるように上下させる。
「ちょ、ちょっと! 何をしてんです?」
「若い男の子はいい女の体が何よりもご褒美だろうよ? ほれほれ、鎧越しでも楽しんでよ♪ スンスン――相変わらず汗臭くなくてお姉さんは残念よ」
ヴァレリーヌの体は胸もお尻も申し分なく発育しており、その肉感は十二分に魅力的だった。九十九はその体がスライド運動するたびにうっとりとなる。
ヴァレリーヌは九十九の抵抗が静まるとニタリと微笑み、今度は九十九の体を股で挟み出す。
「むふふ、わたしも何だか気持ちよくなりたくなって来たよ♪」
「ちょ、ちょっとそこまでですわ! ヴァレリーヌさんはやり過ぎですわ!」
顔を真っ赤にしたアンライトがヴァレリーヌを強引に腕力で九十九から引き剥がす。
するとヴァレリーヌは眼鏡越しに恨めしそうな眼をする。
「なんだよ、わたしだってずっと一人だから男が恋しいんだよ。3人だけでツクモを味わうなんて良くないと思うよ?」
そういうと今度はヴァレリーヌは自分の胸を揉み始める。その手を今度はリエエミカが叩く。
「破廉恥! 破廉恥なのである! いくらツクモが皆の主とはいえ、節度は大事なのである! 破廉恥はダメ!!」
リエエミカのどこか必死過ぎる言葉に九十九も我に返る。頭の中がピンク一色になっていたがさすがにこのままリビドーを爆発させるわけにはいかないと思い留まる。
「ちょっと悪戯が過ぎたのよ。じゃあご飯の前にちょっと着替えてくるのよ♪」
というとヴァレリーヌは美貌に満面の笑みを浮かべて、スキップして自室に戻っていく。
小麦粉で焼いた食べ物をこよなく愛する吸血鬼と森の精のハーフの少女は、ちょっと人との距離感が壊れていたのだ。
出会った初日もガズ翁に持たされた菓子を渡すと歓喜し、九十九に抱き着いてきていた。行動パターンが不機嫌か歓喜の2つしかないようにも映る。
何はともあれ、3人を受け入れてくれたヴァレリーヌには感謝しかない。
「とにかくマフィンでみんなの宿泊期間は延長できそうだ、よかったよかった」
九十九の言葉にリエエミカが嘆息交じりに頷く。
「無論ヴァレリーヌには感謝しているのである。だが実際、感情の起伏がまばらでわらわも苦労している……」
悪戯が過ぎるが家主であるヴァレリーヌの機嫌が取れて4人は同時にホッとする。
だが九十九だけは自分が油断ならない状況にあると思い直す。
こんないわくつきの美少女が揃うなんてどう考えても不自然だ!
魔術に長けたハイエルフに元王女に美貌の侍女――そして吸血鬼と森の精のハーフ。こんなにもキャラが濃いメンツが一堂にそろうのはあまりにも出来過ぎている。
罠とまではいわないが悪魔のジェスガインが、転移者たちを苦しめるために仕組んだ陰謀に直結する気がしてならない。
ネームドキャラクター――誰かが言い出した「役割を持った存在」がこの世界に配置されているとするならば十分に警戒が必要だった。
ネームドキャラクターがハニートラップのトリガーとなっている可能性が捨てきれないのだ。
事実、ダンビス商会――魔法王国ビブリデシアの者の接近が確認できていた。
13時間前にダンビス商会がモンスターに襲撃された場所に、小型の龍に乗った者が6名ほどやってきていたのである。
3時間ほど魔法などを使って調査を行い、ダンビス商会の兵士などが埋葬した場所などを探し出していた。
またダンビス商会を襲ったモンスターの死骸も魔法の収納器機に入れて運び去っている。当然、九十九は待機させていたドローンを取りつかせたが、ビブリデシアがこの後どう出るかで状況は大きく変わっていく。
九十九はリエエミカ、アンライト、レベリアを前に気持ちを引き締める。
可愛い子ぞろいだけどここは我慢だ。手を出すのはずっと後だぜ! この三人はただの高校生の俺には手に余る……。
九十九も美少女達に魅かれている。しかし新たなトラブルを引き寄せないためにここはぐっと自制すべきと己に言い聞かせた。
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