第64話 復活のハイエルフ
〈
「次はこの樽を冷蔵室に移す算段だ。肉と野菜があるので急いだ方がいい。まだここの主は寝ているのか?」
「そうか。冷蔵が必要だな。手伝おう――」
レべリアがそう言った途端に大声が響き渡る。
「待て待て待て~っ!!」
そう叫んだハイエルフの表情は複雑に映る。その顔は喜びと怒りが混ざったような形容が難しいものだった。
「どうかしたかリエエミカ?」
「『どうかしたか』ではないのである!! なぜわらわの首輪を解除しないのである? 何かの恨みでもあるのか?」
リエエミカは床をどんどんと踏んで不満を示す。
それに九十九、アンライト、レべリアもわずかに硬直する。そしてリエエミカが前言を撤回していることに全員が気づき戸惑う。
先ほどの「特注の〈隷属の首輪〉を解除できるなぞ、冗談にもなっていない」と云われたことを覚えている九十九であったが〈
「これは申し訳ない。これは俺の大失態だな――」
「うむ。若者は失敗をするモノなのである!」
悪びれないリエエミカに向かって2回引き金を絞って〈隷属の首輪〉を解錠した。
「おおおおぉっ~!! 忌まわしき首輪が外れたのである!! これで思いのまま魔法が使えるのである!!」
そういうリエエミカの表情は虹がかかったかのように鮮やかで晴れやかだった。
直後、リエエミカが瞳を閉じるとMIAが警告を発する。
「ハイエルフに急速に魔力が集まり、増大しています。危険な状況にあります。急ぎ対処すべきと警告します」
確かに九十九も濃厚な魔力が集まるのを覚えていた。魔力を捕らえられるようになった脳がビリビリと震える。
終いには虫や魚に似た何かが舞う姿が視界の中で幻覚のように映り出す。
だが慌てない。
「大丈夫じゃないかな? たぶん、以前のように魔法が使えるかを再チェックしているんじゃないかな?」
その予想を裏付けるようにリエエミカは魔力を蓄えると、大規模な魔法を放つ。それは薫風を思わせる、爽やかに満ちた風であった。
この樹洞の中を満たす圧倒的な風は飽くまで清らかに駆け巡ると、外に出て行く。
ハイエルフの魔法に元王女は笑みを浮かべる。
「〈清浄〉の魔法ですね? 部屋も廊下も体も爽快になったのです。ありがとうございました」
アンライトにリエエミカは鷹揚に頷く。
「ふむ! ここは持ち主のせいかどうにもジメジメとしておったのでずっと魔法で綺麗にしたいと思っていたのである! 首輪が外れた今、いつでも〈清浄〉が使えるので頼りにするが良い!」
レベリアもリエエミカに膝を折って敬意を示す。
「いま一度真剣にリエエミカ様を尊敬させていただきます。魔法の適性の低い私ですが、古の上位種の威光に触れ感激しました」
「うむ、苦しゅうない」
九十九は魔法の効果を実感しながら尋ねる。
「これで魔法が自在に使えるようになったってことだよな?」
「うむ、25つの術式、261の魔法が使えるようになったと断言できるのである!」
「よかった! これでダンビス商会に狙われても対抗できるんじゃないか?」
「うむ。前は人質を取られて対抗できなかったが、今度襲われたら容赦のない反撃を見舞ってやるのである! 絶対に後悔させる自信がある!」
「そうか。それはよかった。これで俺の肩の荷は下りたな」
「むう? なぜお主が喜ぶのだ?」
「それはそうだろう。自衛の術を持ったおまえたちの面倒を俺が見る必要がなくなったんだから」
その言葉にリエエミカは眉毛を吊り上げ、怒りを露にする。
「そ、そうはいかぬのである! 我らはお主の所有物であることは変わらぬのである! 食い扶持は自分で何とかするにしてもお主と我らの絆が切れることは終生ないのである!」
リエエミカの言葉にアンライトとレべリアも頷く。
九十九は思わず半歩後ろに下がる。
「いやいや、おかしいだろう。俺はそんな資格のない風来坊だ。俺なんかに忠誠を誓う必要がないと断言させてもらうぞ!」
「それは間違いである。お主の献身、誠意はもはや疑う余地はないのである。だから例え何をされても――ビックリするようなハレンチな行為でも喜んで従うと約束できるのである……」
云ったリエエミカは自分の言葉に羞恥心が疼いたらしく、長い耳の端まで真っ赤になっていく。
九十九も同様に動揺し、思わずたじろいでしまう。
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