第61話 復讐の前奏

 九十九は忙しい中、私怨を晴らすある企みを模索し始めていた。

 そう自分を苦しめたクラスメイトの一部を制裁するために動いていたのだ。

 王宮にいる連中の監視を続けていたが、一つ有効活用できそうな出来事が起きていた。

 それは3日前から始まった、2年A組を対象とした魔術講座である。

 九十九がリエエミカに施しを受けたように、基礎を学ぶことでスキルに頼らずに魔法修得するために9名の級友は動き出していたのだ。

 言いだしっぺは意外にも九十九の幼馴染の赤羽みちるだった。

 赤羽は宮廷魔術師ソクソーンに訴え出て、魔法を根本的に学びたいと意見を伝えた。

 雲雀丘らも同調し、ソクソーンはこれを快諾し魔法講座がすぐに開設された。

 恋愛話にしか興味のない赤羽が意外なことを言うと思った九十九だったが、すぐに真相にたどり着く。


「ふぅ――皆さん、今日も魔法の基礎を教えていきますので、よろしくお願いします。ふっ、わからないことは何でも聞いて下さい!」


 そういって転移組の前に立ったのはなかなかの美少年であった。

 名前はオービエンツ――魔術学校を卒業したばかりの19歳だ。灰色のような瞳と猫を思わせるような顔貌が印象的で、茶色のボブカットのせいかアイドルのように映る。

 まだ若いが教え方も丁寧で、言葉遣いも高い知性を覚えさせる。

 そんなオービエンツに赤羽・小杉・吉祥寺がそれぞれ壺に刺さったようだった。オービエンツは前から2年A組に魔術に関することで助言するポジションにいた。

 赤羽はオービエンツと話すきっかけを増やすために講義の開催を訴え出たに違いない。


「はあ、この世界の男性は何と基準を超えて美しいのでしょうか? 恐らくは妖精の血が流れているのでしょう。オービエンツ先生の声を一秒でも長く聞いていたい」


「マジでびびった。ていうか毎日びびってる♪ありえねーオービエンツせんせありえね~。日本だったら余裕で超トップアイドルっしょ↑ ぶっちぎりで顔良すぎ☆声も良すぎ!」

 

「カモミールティーとあんバターサンドのような! 言葉にならないほど自分の好みと合致し過ぎて息をするのも辛い! オービエンツ先生、あなたに会うために私はこの世界に転移してきたの? それで間違いないね!」


 3人が3人、日記にオービエンツに対する恋心を連日書き綴っていたのだ。

 オービエンツも3人には態度が甘く、授業が終わってからの補習も熱心に行っている。そして必ずと言っていいほど容姿を褒めたたえる発言を口にしていた。九十九には故意に3人を勘違いさせるような言動をしているように映る。

 九十九も普通ならば人の日記をドローンにスキャンさせたりはしない。

 しかし度々この三人に人格を踏みにじられてきた九十九は容赦する気が起きない。

 ここまでならば3人のいつもの恋愛中毒の発作で済むのだが、思わぬことで復讐に使えるネタになる可能性が生まれる。


 それはオービエンツには意外な側面があったからだ。


「帰りが遅いじゃないか! このやどろく! 外で酒なんか飲んだら承知しないからね!」


「ふぁい! も、もちろんです。ソクソーン様の研究の後片付けが長引いただけですよ。す、すぐにおしめを換えますので!」


 帰宅したオービエンツはいきなり逞しい外見の30歳ほどの女性に怒鳴られていた。女性はオービエンツの奥さんで、二人の間に子供までいるのだ。九十九は気まぐれでオービエンツにもドローンを一機取りつけていたのである。

 そう、オービエンツは妻子持ちだったのだ。しかも典型的な恐妻家で日々びくびくと生活している。


 この人物は復讐に使えそうだ!


 九十九はオービエンツを使って何か3人を貶めることができないか考え始める。

 自分や弟のプライバシーをいたずらに侵害したことを絶対に許す気はなかった。




 マースクと別れた後に再び九十九として動き出すと、宿が変わる話がまとまっていた。

 目黒、新代田、川崎、九十九は宿を〈青鼠亭〉から中心街にある〈葡萄の木亭〉に移すことになった。

 〈葡萄の木亭〉は〈青鼠亭〉よりも遥かに清潔で、部屋も広く、比べ物にならないほどグレードが高い。

 北六条・若松・万代・日立中も兵舎から〈葡萄の木亭〉に移ってきていた。

 皆、レベリングの最中に手に入れたモンスターの素材を傭兵ギルドで売却したことで裕福になっていたのである。

 レベルが上がったことでアイテムボックスの容量が増えた7人は、カトレナーサのアドバイスを聞いて、できるだけレアな素材を選び、解体して〈アイテムボックス〉に突っ込んでいた。〈予備肉体スペアボディ〉の九十九は「バグのせいで〈アイテムボックス〉が開けない」という言い訳をして一人で沢山担いで運ぶという荒業に出ていたが――。

 その結果〈輝きの狼〉を含めた12人が手に入れた金額は金貨120枚という額に達する。一人金貨10枚という、数か月遊んで暮らせる額を手にしたのだ。

 しかもフギンに預けたガランティスやキュクロプスの査定は後日で、倍増した金が入ってくることが確定している。

 思わぬ収入に喜んだ8人だったが〈葡萄の木亭〉に入るなり倒れるように眠りこむ。レベリングで限界まで疲労していたのだ。

 九十九自身もハードな展開に疲れ果て、1度のシャットダウンと1時間の睡眠をとった。

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