第60話 騎士団長マースク・後半
何とかアールセリアを了承させ、まだ酒場にいるマースクの元へアールセリアを向かわせた。
「やーやー、マースクひさしぶりだな! がははは!」
山吹色の髪の少女の突然の登場にマースクもその部下も仰天させられる。古くて安い酒屋兼酒場のこの店の中ではアールセリアは強い違和感を放った。
「えっ? ええっ! 王女殿下、お久しぶりです。いや、今は元王女殿下でしたな」
驚いたマースクが立ち上がろうとするとアールセリアがそれを手で止めながら話す。
「うむ、元王女殿下じゃ。実はそちにおりいって話があってな! 少しばかりつき合ってもらえんか?」
「は、はい自分で良ければかしこまりました。え~としかしここでは何なので外でお話するでよろしいですか?」
「うむ。ここでは人払いもできんだろうからな! がはは!」
そういってアールセリアはマースクと店の外に出た。古い民家が並ぶただの路地である。
店の脇に移動すると、アールセリアが話し出す。
「実はみどもの配下に、空も飛べる仮面の摩訶不思議な者がおってな。その者がある犯罪を目撃し、被害者を救助したのじゃ」
「ほほぅ、しかし空を飛ぶとは珍しい――で、犯罪とはどのようなものなのですか?」
「冒険者ギルド所属の20名ほどの冒険者を誘拐し、〈隷属の首輪〉をさせてこき使っていたというのだ。噂では死者も出たとも聞く」
「ええっ! そ、それが本当であればかなりの大事ですね! しかし誘拐犯は誰なのですか?」
マースクは傷のある顔に驚きを浮かべる。
「どうも冒険者ギルドが何者かと結託し、今回のことをしでかしたという話じゃ。でみどもの配下が誘拐された者を助け出し、いま、南の貧民街にかくまっておる」
「姫がなぜ自分に会いに来たのか納得しました。しかしこのことは王国軍に報告したのですか?」
「まだじゃ。というか今そちにしておる。この件、もしやすると王国の者も一枚噛んでいる可能性があってな。そこでこの件をマースクに委ねたいと思うがどうである?」
「えっ? ああ――なるほど、元王女殿下も表立ってこの件に関わるのは難しいのですね。納得です。そこで自分のことを思い出してくれたのですか!」
「う、うむ。その通りなのである! 誰が味方やもわからぬ事件であるが、第三騎士団で受け持ってもらえぬかのう」
マースクは勇ましく自分の胸をどんと叩くと精悍な面構えとなる。
「はい――自分も敵が少なくない身であります。しかし元王女殿下が今も国を思っていることが充分に伝わり納得しました。わかりました、第三騎士団がこの冒険者の誘拐事件を調査いたしましょう!」
「おお! 流石はマースク団長! 頼りになるのう。がはは!」
会話を聞いた九十九はホッと息をつく。アールセリアもうまくやれたし、マースクの頭の回転が速いこともわかり信頼度も高くなった。
マースクがこのポンコツ元王女のパーソナリティを理解した上で対応していることも評価できる。
先程アールセリアに聞いた話からもマースクがタフな男であるとわかっている。マースクは侯爵と侯爵家で働く下女の間に私生児として生まれたという。家督争いにならぬように侯爵夫人が赤子のマースクとその母を国外へ放逐してしまう。
直後運悪くマースクと母は奴隷狩りに会い、奴隷としてある農家で働くことになる。母はマースクが5歳の時に過酷な労働から病になり亡くなってしまう。更に12歳の時には農家が盗賊団に襲われるが、マースクは自衛の末に盗賊一人を取り押さえることに成功した。
その騒動はマースクの父である侯爵の耳に届く。侯爵はマースクとその母の行方を部下に探させていたのだ。
侯爵はマースクを便宜上養子とし、充分な生活と教育を与える。マースクは父の期待に応えるかのように鍛錬を重ね、騎士団に入るほどの実力を身につけた。
騎士団でも頭角を現し、最年少で騎士団長に上り詰めたというからただ事ではない。
九十九はマースクの肩に一匹の蜂型ドローン・キュベレーを止める。
「マースク団長、俺は元王女を補佐するフギンだ。話しかけてくれればなるべく返事をするので連携を組もう!」
「な、なんと! どこからか声が! こ、これは魔法であるな? しかし聞いたこともない魔法だが、声をやりとりできるとは便利。うむ、フギンとやらよろしく頼む!」
通信に驚きながらマースクはフギンと協力する姿勢を見せる。
アールセリアは頷き、得意げな顔をしながら云う。
「このフギン、できぬことはないというとてつもない男じゃ。ちょいと底意地が悪いがマースクも仲良くしてやってくれ! がはは!」
「はっ! かしこまりました。今から早急に誘拐事件の対処にあたります」
マースクは部下に声をかけると迅速に貧民街に向かう手はずを整えていく。
とりあえず、この件はどうにか自分の手を離れてくれそうだと九十九は安堵した。人から協力を得られるというのは、これほど楽になるものかと実感する。
何気に自分よりも年上の者を賛同させ、動かすことに成功したのにも妙な達成感を覚えた。
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