第62話 早朝の配給

 夜の9時には疲れも取れ、九十九は再び動き出し、宿を出る。

 6時には寝静まる街の中、営業している店をドローンを駆使して見つけ出すと食糧や雑貨品を買い込む。

 〈アイテムボックス〉に樽3つ分ほどの量の品物をぶち込む。


 俺の〈アイテムボックス〉、多分バスケットボールコート2つ分、体育館ぐらいの大きさがある感じがするな……。


 当初は銀行の一人用ATMほどサイズだったのが、レベルを20を超えてから容量が明らかに増えていた。

 ダンビス商会とリエエミカ達を襲った謎のモンスターの死体はあの当時入らなかったが、車輪のない馬車は〈アイテムボックス〉に収まっている。

 少し前にいたずらに家ほどの大岩を2つ入れてまだ余裕があると思ったことを思い出す。

 この先、レベルアップするとどこまで容量が増えるか想像すると恐ろしくなっていく。


 買い物を終えるとまた〈葡萄の木亭〉で横になった。

 再度2時間寝て、深夜3時まで魔法の練習をする。

 初期魔法の本とハイエルフ・リエエミカの監修の元で構成された魔法のカリキュラムをこなすのだ。

 ようやくウォータースプラッシュを何とか修得できる目途がたつ。

 スキルや職業に頼らない魔法の習得は難しさもあったが、まったく新しい体験でもあり九十九も楽しんで取り組めていた。

 魔法とは端的に言えば術師の魔力を使って、精霊に干渉し、術をなすというものである。精霊は魔力を還元して現実に干渉する力を出すだけで、基本的には自我はほぼない。なので術師が的確に素早く魔術の概要を伝え、魔力を注ぐことが重要になっていく。


 魔術体系、マジでよくできている。超頭使うけど面白い! これも悪魔ジェスガインが作ったものなんだろうな。粗忽者だけどとんでもなく頭が良いのは確かだよ!


 前の世界ではありえない技術に触れるだけで九十九の心は踊った。いずれは目黒らにも伝え教えることができればよいと思う。

 魔法の入門書とリエエミカの指導はMIAにも有意義であった。この星独自のテクノロジー・サイエンスを吸収することで新たなる発見があるようだ。特に精霊の存在を確認してからは色々と検証をしているようであった。

 精霊の存在をいかにカルデェン粒子で再現できるか実験したいというので、九十九はMIAに許可を与えている。

 用意した瓶に魔法で水を満たした九十九は今日の練習を終了する。

 すると外に出て〈葡萄の木亭〉の屋根に置いていた〈移動板ボード〉を呼び寄せ、飛び乗った。

 そして東に向かい60キロ離れた場所に時速200キロで向かう。

 たどり着いた先は幹が直径20メートル、樹高が43メートルに達する巨大な木であった。


「〈隠ぺい〉の魔法が機能しています。ダンビス商会の〈隷属の首輪〉もほとんど感知できません」


 MIAが巨木をリサーチした情報を報告してくる。2日前と同じ結果だった。

 この巨大樹の一部には複数の認識・感知を妨害する魔法が掛けられていた。ダンビス商会に追われるリエエミカらにはまたとない隠れ家である。

 地球で言う樫に似た巨大樹の24メートルの高さにたどりついた九十九は、一本の太い枝の上に降りる

 枝の上を歩いて木の一部が腐り落ちてできた穴――樹洞の前に立つ。樹洞には木材で組んだ扉がついている。


「な、何者――アンライト様を守護するこのレべリアが真剣で斬って捨てるぞ!」


 九十九の前に飛び出したのは胸元がはだけた赤髪の少女だった。少女は寝間着を着崩し細く長い素足を露呈している。剣は抜き放っているがその顔は明らかに寝起きのそれだった。豊かな胸にも目がとまるが、綺麗過ぎる美脚にも魅了される。が瞬時に無関心を装う。


「おはよう」


 一言言った九十九は飛び出してきたレべリアを無視するように通り過ぎて、扉を開けて樹洞の中に入っていく。

 出会ってまだ5日だが九十九はレべリアが鋭い外見と異なり、内面は案外に天然な人物だと感じていた。だからざっくばらんな対応をしていく。

 〈アイテムボックス〉から樽を3つ取り出して置いた。


「樽の中には肉も山羊の乳もあるから冷蔵室に入れてくれ」


 云われてようやく目が覚めたレべリアが九十九を認識する。


「――ああ、ツクモか……。そうか食糧を運んでくれたのだな」


「今認識したのか……。遅すぎだろう」


「面目ない。大量の食糧とは有り難い。確かに腐りやすいモノは移さないとな」


 そういってレべリアは樽に近づいていく。が、突然に血相を変えると胸元をおさえて奥に続く廊下に走っていく。


「なんとはしたない恰好を!! これは真剣に自害すべき失態だ!」


 レべリアが身だしなみが不完全であることに気づき寝室に戻っていく。

 が、ふと足を止めるとUターンしてきた。

 顔を上気させながらレべリアはいう。


「おい、ツクモ。わたしはおまえが嫌いだが恩義を感じないほどの馬鹿ではない。だけどアンライト様の貞操を守る責務もわたしにはあるのだ。そこでわたしならばおまえの欲望を受け止める用意はある。こ、これは冗談ではなく真剣な話だからな!」


「ふぁっ!?」


 赤くなって自室に去っていくレべリアを見ながら、九十九は思わず変な声を漏らす。

 それと入れ替わる様に現れたのは大あくびをしたアンライトだった。清楚な顔に無邪気な表情を乗せ、ぷるんと大きな胸を揺らしながら近づいてくる。


「これはこれはツクモ様、配給ご苦労様なのですわ。深く感謝いたしますなのですわ……」


「早朝にすまないな。こっちも時間がないので大目に見てくれ」

 

「とんでもないのですわ。見ず知らずの私たちの為に食糧を自ら運んでいただいて感謝しかないのですわ!」


 そういい、膝を浅く折って会釈する仕草は九十九にはとても優美に思えた。

 しかもアンライトは高貴さを覚えさせるだけではなく、天真爛漫に映る表情が魅力的だった。

 その蠱惑さにのめり込みそうになるのを抑え、九十九は要件を済ますことに集中する。


「今日はみんなの〈隷属の首輪〉を解く算段がついたのでリエエミカとレべリアも呼んで欲しいんだけどいいかな?」


 するとアンライトは花が咲くような微笑みを見せる。


「まあ! それは朗報なのですわ! この首輪から解放されるなんて夢のようなのですわ!」


 MIAが先程ダンビス商会の〈隷属の首輪〉の解除の方法を確立したと報告してきていた。叡智の結晶であるMIAが解析に数日要したことでダンビス商会の技術がとてつもなく高いことを、九十九は思い知る。

 ともあれ3人を奴隷から解放できることは、九十九にとっても気持ちが明るくなる出来事だった。

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