第52話 もふもふタイム

 フギンは高揚して尻尾を大きく振るサーベルウルフに嘆息交じりに声をかける。


「『おまえ』と呼ぶのはよせ。フギンと呼べ。それよりもここにいる者は拙僧の仲間だ。困っていたら助けるように覚えておいてくれ」


「うん、わかった! どれどれ!」


 そういうとサーベルウルフは大きく黒い鼻を一人一人に向けて臭いをかいでいく。


「ひぎっ! お助け……ほとんど気絶しそう」


 サーベルウルフの接近に新代田が真っ青になって震えた。

 だが逆に明らかに態度の違う者がいた。徐々に顔を赤くしていき、サーベルウルフが近づくと逆に飛びついていった。


「う、うちを噛んで!!」


 長い黒髪を振り乱し、日立中薫がサーベルウルフの顔にしがみ付く。

 これには九十九も仰天して思考が止まる。日立中が何を言っているのか理解するまで数秒要した。

 日立中に万代が近づき、服の裾を引っ張る。


「あ、危ないよ薫ちゃん! 犬好きっていっても限度があるよ!」


「万代ちゃん、こんなチャンス二度とないのです! うちはずっと大きなワンコから甘噛みされたかったんです!!」


 皆も日立中をいつも奇異な目で見ていたが、これで完全に変人であると確信に至ったのが九十九にもわかった。

 髪を整えればクラスでも上位の美形の日立中だがこの行為は皆をドン引きさせるには充分だった。

 サーベルウルフも困惑してフギンを見つめる。


「その小娘を皆で取り押さえろ。この狼は飽くまでいざという時の助太刀要員である。引き続き鍛錬を続けるので皆の者は再度心を引き締めよ」


 何とか軌道修正した九十九だったがレベリングしている者誰もが見栄えが悪いことに気づく。

 12名は誰もがモンスターの血や脂で汚れていた。やはりモンスターと戦うということは過酷なものだと九十九は実感する。


「皆の者、よくぞ頑張った。では、1回目の〈清浄ピュアリティ〉で綺麗にしよう」


 〈清浄ピュアリティ〉は〈青鼠亭〉の老婆の〈清浄〉を模倣・再構成したモノだ。油脂や汚水、砕屑物をピンポイントでマイクロサイズに分解するのだという。

 フギンは〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉で〈清浄ピュアリティ〉レベル1を皆に放って、汚れを払う。

 生活魔法ならば〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉を一般人に放っても制限がかからないこともフギンは確認する。


「うわ~っ! さっぱり」


「髪の毛に入り込んだ血液も消えた。すごい!」


「脂でぬるぬるだった剣もこれならば使える!」


 フギンに目を輝かせたサーベルウルフが近づく。


「ふぎん、なにした? きもちいいならおれもしてほしい!」


 見ると確かにサーベルウルフは薄汚れていた。毛が乱れたままに固まっている箇所がいくつもある。


「よし、レベル1で前と後ろ2回に分けて清浄しよう!」


 素早く〈清浄ピュアリティ〉を浴びせると、サーベルウルフの全身の毛が輝きを宿しフサフサに膨らむ。

 サーベルウルフは自身の変化がよくわからないようだった。


「ちょっと、きもちよかったかも?」


 そんなサーベルウルフに日立中が駆け寄る。


「フワフワたまらん~!」


 そういうとサーベルウルフにしがみ付き、全身をこすりつけるように抱き着く。

 万代が止めるかと思ったら、恐る恐る近づいていき、ギュッとサーベルウルフにしがみついた。

 続いて目黒、北六条、川崎、クロカッドもサーベルウルフの毛を触り出す。

 犬派と呼ばれる人種には我慢できない毛並みなのだろうと九十九は察する。

 見ると先ほどまで睨むようにサーベルウルフを見ていたカトレナーサもそわそわした様子を取り始めていた。

 サーベルウルフはチラチラとフギンを見ていたが、次第に触られるのに慣れたように尻尾をゆっくり振り始める。



 もふもふタイムが終わると話題は〈卵覚醒〉のことになった。ステイタスボードにある卵が割れ、従魔が出現したという。

 万代照子がレベルアップで〈覚醒〉を起こしたのだ。

 そのことで皆の関心が一気に万代に集中し、円を描くように並んだ。

 いつも控えめな万代はみんなに囲まれてアタフタしきょどり出す。


「待ってくださいよ。そんなに期待されても困ります、グフフ!」


 リスを彷彿させる顔を上気させて万代がステータス画面をオープンさせる。

 クラス中の生徒全員のSNSをフォローし、普段はおどおどしている万代だが、九十九はただの弱キャラだとは思ってはいない。

 万代は4人姉弟の一番上でそれこそ普段は弟達を堂々と仕切る生活をしている。それが周囲の目を気にするようになったのは気まぐれな父親に原因があると九十九は思う。

 万代の父は優秀なシステムエンジニアであるが、勤務先をコロコロと変えていた。そのために家族は移転・転校を繰り返すことになったのだ。

 九十九はそこに万代が引っ込み思案になった要因があると想像する。移転先で摩擦が生じないようにふるまううちに、クラスメイトのご機嫌を取るようになったのではないかと思う。

 万代は切っ掛けがあれば、気が利くだけに大勢と仲良くなるだろう。


 万代がステータス画面を操作して、〈卵覚醒〉を実行に移す。

 卵が孵化すると、その肩には緑のカエルが突如乗っかった。緑のカエルはよく見るアマガエルに酷似している。


「あちゃ~! デバフ系か~!」


 北六条らが万代の〈覚醒〉を嘆いた。当の万代もガッカリしていたが、しばらくしてカエルを撫でた。


「自分は忍者なんで、デバフ系も悪くないです。要するにスキルをどう使うかは自分次第だよね!」


 クラスメイトも態度が良くなかったと、万代に非礼を詫びた。

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