第29話 サーベルウルフとの近接格闘

 一気に上半身をかみ砕きそうな噛みつき――だが、九十九は左にずれて、サーベルウルフの大きく丸い鼻を横から〈石刃剣カラドボルグ〉で切り裂く。


 キャワン!


 サーベルウルフは鮮血を挙げながら、大きく後ろに飛び下がった。そして己の裂傷を目にすると顔に怒りを浮かべる。


「よくもよくも!! ぜったいにゆるさない!!」


 先程よりも素早く鋭く噛みつきを繰り出す。九十九の間近で歯がかみ合う音が何度も響く。

 九十九はその攻撃のド迫力に息をのんだが、まったく慌てていなかった。

 サーベルウルフは初歩の初歩のテクニック・サークリング にまったく対応できていなかったのだ。

 サークリングとはボクシングのフットワーク技術で、リングの上で大きく円を描くように移動することで戦いを有利にしようとするものである。

 格闘技の経験者ならばサークリングには簡単に対応できるのだが、このサーベルウルフは攻撃する寸前に九十九が左にずれることに対応できずにいたのだ。

 〈CQC近距離格闘〉の初期は中国武術の詠春拳と柔道がベースとなっていたが、現在は多くの格闘技と融合し汎用性を広げている。

 九十九は「フットワークによる距離調整」「攻撃か防御」「ナイフを意識させながらパンチを出す」という3つの基準を設けて自分なりの〈CQC近距離格闘〉を組み立てていた。


 ギャワワンッ!?


 噛みつきが外れるたびに鼻を割かれ、サーベルウルフは悲鳴を上げる。

 一方的であったが九十九は油断はしていない。なぜならサーベルウルフの傷が急速に治っているのがわかったからだ。

 更には刃が刺さる寸前に不自然な抵抗が発生しているのを感じている。〈石刃剣カラドボルグ〉ではあっさり貫通したが、魔法で障壁のようなものを展開していることは明らかだった。

 猛烈な治癒能力と障壁を張るモンスターとの初対決に集中力が高まる。

 戦いが111秒経過した処で、巨大狼は大きく飛び下がった。


「もういたいのやだ! もうかえる!!」


 突如踵を返すと逃走に移る。だが九十九はよしとしない。


「そんなことは許されないんだよ!」


 〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉のパワーを借りて全力で駆け、サーベルウルフの左後ろ足を一気に切り裂く。

 よろめいて倒れるサーベルウルフの顔面に九十九は回り込むと左右のパンチを繰り出す。

 鼻、顎、牙、歯茎――一撃が決まるごとに巨大狼の肉体がえぐれ、はじけ飛ぶ。障壁も〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉の前では意味をなさない。

 九十九は悲しいかなボクシング部に強制的に入れられたことで、〈CQC近距離格闘〉の技術が高くなったことを自覚していた。


「もうやめて! ころさないで~!」


 悲鳴を上げたサーベルウルフは再生しながらもお腹を見せて横になる。

 九十九はそれが服従のポースであると把握したが、素直に受け止める気はない。


「おまえが俺との約束を守らなかったから殺すよ。死んでくれ」


「やくそくする! いまからやくそくするからころさないで! おねがい!」


「でも殺すよ」


「やだやだ! しにたくないもの! ころされたくない!」


「おまえは俺を殺そうとしたのに自分はされたくないっておかしいよな?」


「おねがいします! たすけてー! ころさないでー!」


「……う~ん、なら沢山お願いを聞くなら殺さないがどうだ?」


「きくきく! たくさんおねがいして!」


「ではまずは『人間を殺すな』だ。俺以外の人間も絶対に襲うな」


「わかった! おそわない!」


「次は『会話ができない怪物はできるだけ殺せ』だ! できるな?」


「するする! それはかんたんだよ」


「あとは――『俺が呼び出すまで森の中で待機。呼び出したら命令に従う』。できるか?」


「おれめいれいしたがう! おれいいこ!」


 そういうとサーベルウルフは立ち上がり、九十九に向けて微笑むように顔を歪ませる。そして大きな尻尾をちぎれんばかりに左右に振るう。

 九十九はMIAに尋ねる。


「こいつに〈拘束片リストレイントチップ〉を使ってみようと思うんだけど、どう思う?」


「効果は期待できます。この星の生物の生体構造など分析に役立つので使用に賛成します」


「そうか、では投入してみるか」


 九十九はサーベルウルフに近づくと500円玉代のナノマシーンを顎の下に突き刺す。

 サーベルウルフは主人に媚びるかの如く、九十九をその長く大きな下でベロベロとなめる。


「よし、では呼び出すまで自由にしていろ!」


「わかった! おれにんげんおそわずかいぶつおそう! いいこだから!」


 そういうとサーベルウルフは九十九に尻を向けて走り去っていく。もう全身の傷は完全に癒えていた。

 戦いが終わってしばらくすると九十九は得も言われぬ寂しさを覚える。全力を出す前に終わったことが残念でならない。


 あいつ、ちょっと幼すぎたな。苦痛に対する免疫がなさ過ぎるのかギブアップが早すぎだろう……。


 そのサーベルウルフが消えた方角を見つめながら、またも戦いが不完全燃焼に終わったことを嘆くのだった。

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