第19話 キャプテンゴブリン

 血に染まった木の枝を放り投げると車輪のない馬車に近づく。


「中にいる人たちは無事かな? ゴブリンに取り囲まれたショックで自害とかしてなきゃいいけど」


「中の3人のバイタルは正常です。いずれも興奮状態ではありますが――それより……」


「それよりって何?」


「失礼しました。急遽接近するモノの存在を捕らえました。推定身長3メートル、体重が200キロのモノが時速70キロで駆けてきます」


「ほう、新手のモンスターか。最後の奴が呼び寄せたのか?」


 スペック的にはかなり危険なモンスターであろうと九十九は予想する。さっきの木の枝を再度掴もうとするが止めた。

 ここまであまりにも楽勝だったので検証のために得物なしで戦うことを決める。

 すると間もなくモンスターが視界に飛び込んでくる。

 予想通りゴブリンの亜種に見えた。緑の肌などゴブリンの特徴はあるが、長すぎる犬歯や額の左右に生やした角など違うところもうかがえる。

 九十九は咄嗟にそのモンスターを「キャプテンゴブリン」と名付けた。


 ルガガガガァ~!!


キャプテンゴブリンはそう雄たけびを張り上げると筋骨たくましい肉体を隆起させる。


「すっげ~迫力。どこまでできるのかお手並み拝見!」


 直後、キャプテンゴブリンが飛び掛かってくる。長い爪を生やした腕を振るい、猛烈な速さで詰め寄っていく。

 掴まれれば常人ならば一瞬で骨折するであろう攻撃であった。

 しかしキャプテンゴブリンの動きでさえも九十九には遅く感じた。連撃をあっさりかわし、逆にカウンターパンチを浴びせる。

 パンチを鼻に受け、のけぞったキャプテンゴブリンの顔に納得できないといった表情が浮かぶ。

 再び激高したキャプテンゴブリンは爪を立てた両手を連続して振り、繰り出していく。

 それに合わせて九十九はえぐるような爪を一回体に受ける。耐久性をチェックしたのだ。


「ふむ、〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉には傷一つつかないか……」


 予想通りの結果を受け止めた九十九にキャプテンゴブリンが掴みかかり、その鋭い牙が並ぶ顎で噛みついていく。


「次は〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉のパワーだな」


 刹那、手の先を揃えながら腕を突き込むとキャプテンゴブリンの首にあっさり吸い込まれていく。

 手首を返すとキャプテンゴブリンの首が寸断され、地にごとりと堕ちる。

 手の指をそろえて相手に突き込む空手の技・貫手で首を攻撃したのだが、結果は九十九の想像を上回った。

 キャプテンゴブリンの体は30%ほどの力で瞬殺できることがわかったからだ。


「破壊力あるな~。〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉は50メートルの高さから落下しても大丈夫だから、まあこんなものか」


 九十九は淡白な戦闘結果にしばし呆然とした後に、車輪なし馬車に気が向く。

 近づくと横倒しのままなのが気になり、まずは正常な位置に戻す。


「よいしょっと!」


「きゃっ!!」


 90度動かすと中から悲鳴が響く。女性のようだ。

 改めて馬車を見ると扉のような部分がない。唯一A4サイズのガラス窓があるだけだった。


「MIA、これってどうやって開くの?」


「現在解析中です。スキャンで構造的には扉は存在しますが、視覚的に隠ぺいされている上にロックがされております」


「へえ。じゃあ解析できるまで待つか」


 そう思っていると緑の瞳の女性の顔がガラス窓に現れる。目元だけだと14、15歳に映る。


「おい、そこの者。そなたはダンビス商会の者であるか?」


「ダンビス商会……いいや知らない。自分はゴブリン達を討伐しただけに過ぎない冒険者だ」


「冒険者であるか。まあ良い、ゴブリンの駆除は感謝するのである。しかし助けてもらって何であるが、その素顔を見せてもらいたいのだがどうであろう……?」


 九十九はしばし逡巡する。見ず知らずの相手に素顔を晒すことにリスクを覚えたからだ。

 同時に姉の言葉を思い出す。「初対面の女性にはへりくだれ。まず敵になるな」という忠告だ。

 姉の三七三は優等生で正直九十九とはそりが合わなかったが、時々くれる指導・忠告には耳を傾けてきた。

 MIAに命じて烏天狗風のヘルメットを脱ぐ〈立体迷彩3Dカモフラージュ〉を展開させた。

 九十九の顔を見た女性は安心したような声を出す。


「なるほど異邦の者であるのはわかったが確かに人間のようである。すまぬがついでにここの扉を開けて欲しいのであるがどうか?」


「ちょっと見てみたが、よくわからない構造になっているようだ。時間をくれるか?」


「魔法のカラクリがなされているのだな。そなたは魔術の心得は?」


「……すまないがその手のことは身内以外に答えないようにしている」


 九十九の言葉に少女は考えるようなそぶりを見せる。

 沈黙が続くと少女は不意に口を開く。


「であるならば、この近くにヒッポグリフとともに討ち死にした兵士がおるか調べて欲しいのであるが? その者のいずれかが紫の水晶を持っていたら持ってきてほしいのである。そうしたらこの扉ももしかしたら――」


「紫の水晶か。まあ調べてみよう。あの兵士はあんた達の同僚か?」


 すると少女は一瞬目元に微笑みを浮かべるとにべもなく言う。


「連中は奴隷を扱う商会の雇われ兵で、我らは商品なのである」


「はぁ? なんだって!?」


 これには九十九もさすがに激しく驚く。奴隷に遭遇することを一切想定していなかった。いや奴隷制度がある可能性がまだあると思っていたが今は頭になかった。

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