第20話 奴隷の乙女たち

 唖然としていると、少女の目つきが変わっていることに気づく。真剣な切迫したものだった。


「紫の水晶だな……。待っていてくれ」


 九十九は少女の言わんとすることを理解した。奴隷の身であるがこの事故をきっかけに逃亡したいと訴えかけてきたのだ。紫の水晶は事態を打開するアイテムなのだろうと思う。

 今の自分ではやれることは限定的だがこの数時間は味方でいてやるつもりだった。


「とはいえ……しんどいな~」


 紫の水晶を探しにダンビス商会兵士らの死体が散乱する場所に戻ったが正直直視したくなかった。空中から眺める分にはよかったが、近くで見るとなると話は変わる。

 飛び出た眼球や腸がリアルでグロテスクでドン引きしてしまう。

 血みどろの死体の服をまさぐるなど御免こうむりたかった。


「よろしければ死体の持ち物を調べ、回収するという単純作業でしたら代行しても構いませんがいかがしますか?」


 MIAの進言に九十九はすぐに乗っかる。


「ああ、本当? ならばお願い。助かるよ!」


 体の運用をMIAに任せて30分すると、体と同調を外していた九十九はMIAに報告を受ける。


「お待たせいたしました。死体や周辺の物品の処理を完了しました」


「ご苦労さん。結構時間が掛かったね」


「はい。穴を掘って死骸を一か所に集め、安置しております。勝手ですか〈焼燬インセンディアリ〉で焼却する下準備を行いました」


「そうか、いくら奴隷商の一味とはいえ死体をそのままにするのは不味いよね。ありがとう。で、これが集めた品かぁ……」


 九十九の足元に手のひら大の小袋が7つ、それよりも少し大きな袋が9つ、小袋が43つ、短剣4つに手帳が6つあった。


「色々あるんだね。紫の水晶が入っているのはどれだろう?」


「緑の袋の中にあると推測します」


「ほう、どれどれ……これか!」


 緑の小袋を逆さにするとピンポン球大の紫の水晶が出てくる。

 これで間違いがないだろうと九十九は車輪なし馬車の処に戻る。


「これでいいか?」


「うむ、それで間違いないのである。その水晶を扉に近づけてくれ。扉はこの小窓の左側にある気がするのである」


 九十九は紫の水晶を馬車に近づける。 

 扉があるであろう辺りで紫の水晶が発光・点滅する箇所があった。そこで紫の水晶を長く持っていると、唐突に馬車の壁がスライドする。


「おうっ!?」


 思わず声を漏らして後ろに下がると、3人の女性が扉から姿を見せる。

 一人は先ほどの緑の瞳の女性――やはり中学生のように映る少女で豪華な民族衣装を着ていた。

 残り2人も高校生のように見える外見をしている。一人は青光りする長い髪をした少女で清楚に映る。ただ一番特徴的なのはその豊かな胸であった。

 いま一人は身長は175近くあり、短く刈った赤い髪をしたスレンダーな少女であった。足がスラリと長く、服越しでも余裕で美脚の持ち主だとわかる。ファッションモデル風ともいえる。

 3人ともとびきりの美貌を有していたが、緑の瞳の少女の麗しさは別格だった。

 緑の瞳の少女は唖然とする九十九を見て笑う。


「ふふっ、人間よ。ハイエルフを見るのは初めてのようであるな?」


「ハイエルフ? あああ、人間ではないのか……」


 更なる驚きに飲まれていると長髪の少女に近づかれる。


「わたくしめは今は亡き国・フォクランの王女であったアンライト・ディネクティアなのです! この度はお救い頂き誠に感謝いたしますなのです!」


 真っ直ぐな眼差しを放ちながら触れるほどに近づく乳に九十九は戸惑う。


「こ、これはご丁寧に……えっと俺はツクモと名乗る者だ――」


 あ、本名言っちゃった――怒涛の展開に我を忘れ、動揺していると再び詰め寄られる。


「貴様~!! 王女に向かって何という無礼な口を!! 真剣で成敗してくれる~!!」


 髪同様に顔を真っ赤にした長身の少女が烏天狗風騎士に詰め寄った。男装が似合いそうな少しボーイッシュな美形である。

 その少女をアンライトが抱き着くようにして諫める。


「落ち着きなさいレべリア! ツクモ様は飽くまで恩人なのですよ!?」


 そう言われると長身の少女・レべリアが片膝を折って頭を下げる。


「そ、その通りでございます。真剣に猛省し、非礼を詫びます!」


 というがレべリアは九十九には一切頭を下げない。

 ここにきて九十九は自分に今後の展望が何もないことに気づく。この三人にこの後、どう接するべきなのかわからない。

 しかもこの3人はヤバいと直感していた。明らかに常人ではない上に奴隷ということで、今後面倒ごとに巻き込まれる運命が見えるようであった。

 こんな3人をこの世界に来たばかりの自分に扱えるわけがないと判断する。

 冷静に考えれば考えるほど自分のキャパシティを超えているのがわかった。

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