第18話 車輪のない馬車

 3人の訪問を受けた後にまたも硬すぎるパンとスープを食べた九十九は自室で横になり、ドローンの情報をチェックした。

 すると広域にパトロールをするドローンが不可思議な情報を報告していることに気づく。

 ここブロズローンの町から30キロ離れた、北東にそびえる山脈のすそ野で複数の人とモンスターらしい声を計測していた。


「ふむ……音声を拾っただけか。それじゃあその音声をチェックしてみるか……」


 ドローンが拾った音声を再生すると多人数の悲鳴と、雷鳴のような大きないななきが聞こえてきた。

 そして同時に羽ばたきをするような大きな風切り音――。


「これって何か空飛ぶデカい奴に襲われている?」


 音量を上げて確認すると、やはり何か大きなモノに人の集団が襲われているようだ。

 発生したのは2時間前。今から行ってもどうにかできることはないだろうが九十九の注意を引いた。

 疲弊も癒えたので気力も戻った。

 〈移動板ボード〉を使えば10分弱で音声発生位置に到着できる。


「よし行くか……」


 そう決めると音もなく兵舎を出た。



 実際に音の発生現場に8分で到着。

 現場はうっそうと樹が茂る森の中だ。するとすぐに複数の人の死体を確認できた。

 死者は兵士らしく同じ甲冑を着て、同じ長鑓などの武器を持っていた。そして死体はどれもが損傷が激しい。

 強力な破壊力にさらされたらしく、死んだ兵士の甲冑や兜がどれも無残に破損しえぐられ、陥没していた。一部は食べられたのか、消失している。

 グロでゴアな光景だった。


「これってやっぱりドラゴンかな?」

 

 九十九は音声だけでドラゴンが人を襲ったのではないかと推測していた。

 よく見ると、死体は人間だけではなくモンスターのものがあった。上半身が鷲で下半身が馬――おそらくヒッポグリフと呼ばれるモンスターだ。

 こちらも大型肉食獣に襲われたのではないかという大きな裂傷を負っている。

 観察を続けると兵士もヒッポグリフも統一のマークがついたモノを付けていた。火と稲妻が天秤に乗ったようなデザインが甲冑や鞍に施されていた。

 何が起きたのか想像を巡らせているとMIAが言う。


「マスター、大きな何かを引きずった跡があります」


「えっ? 大きい何か? どこどこ?」


「引きずったらしき跡を色別にしますね」


 すると九十九の視界の一部が薄い赤色で彩られる。赤いかすかな光が森の中に伸びていた。確かに電車の一車両ほどのものが引きずられたような跡だった。

 草や土をえぐって滑って移動した形跡が残っている。さらに凝視するとかなりの数の足跡も見える。いずれもゴブリンらしい足の大きさである。


「ゴブリンだと思われます。数は60匹、大型種も7体いると推測できます」


「つまり何かをゴブリン達が持ち運ぼうとしているということね。でもゴブリンがヒッポグリフを襲ったとは思えないな。その辺も含めて興味があるからドローンで調査してみてよ」


 それから3分でゴブリン達の集団を発見し、接近できた。緑の肌に乱杭歯をのぞかせた小鬼が集まっている。

 車輪のない馬車をゴブリン達が力づくで森の中を押して、引いて移動させて行く。


「何であれには車輪がないんだ? どうやってここまで来たんだ?」


「解析中です。あとドローン4機による遠距離サーチによるとあの馬車の中には3人の人間、恐らく女性がおります」


「おおっ! 結構大事じゃないか。これは助ける以外の選択肢はないな。さてどうしようかな……」


「モンスターを排除するのに現状では何の問題もありませんが、何か選択するべきことがありますか?」


「勿論、銃撃すればいいのはわかるけど、あの中の3人に見せていいのか迷うんだよね。何かいらない誤解を招く可能性が生じるような気がする」


「なるほど。では〈立体迷彩3Dカモフラージュ〉を展開して容姿を変えて、討伐することになりますね。どのようなデザインにしますか?」


「そうだな。――烏天狗っぽい兜をした甲冑騎士にするかな。三田家の出身地は烏天狗を信仰していたって聞いたことがあるんだ。家の中にも銅像があったし」


「烏天狗――カラスの顔に山伏の衣装を着た空想上の生物ですね。データベースにソースがあります。背中に翼も生やしますか?」


「いいやいいよ。粗くモチーフにするだけで」


 24秒後にMIAはマクシミリアン型全身甲冑に烏天狗風のアレンジを加えたモデルを提示した。九十九が三つの修正を行ってデザインを決定する。


「武器はどうしましょうか?」


「ああ、面倒だから木の枝でいいよ」


 そういうと九十九は間近の木から枝を無造作に引きちぎると、それを担いで駆け出す。

 枝の太さが14センチで長さは1メートル60センチ――棍棒に使える大きさである。

 あっという間にゴブリンの軍勢に近づくと、枝をゴブリンの脳天に振り下ろしていく。


「ギギギッ!?」


「グギャッ!!」


 4匹死んだところでゴブリン達も九十九の襲撃をようやく認識し、反撃に移る。

 体の大きいホブゴブリンもすぐに攻撃に加わる。

 包囲するように押し寄せる緑の悪鬼たちに九十九は怯まない。〈機械化服メカナイゼイションスーツ〉を着ると、俊敏性も腕力も耐久度も極端に上がるのでゴブリンなどでは恐れる要素がないのだ。

 その認識は間違っておらず、九十九は1秒で1体のゴブリンに木の枝を叩きこんで殺していく。

 それはホブゴブリンにも同じで、九十九の動きを目を負えずに動揺した顔をしたまま枝で致命傷を受ける。

 ホブゴブリンを2匹屠ったところで最後の一匹が大きく後退した。そして奇怪な叫び声を高らかに張り上げる。


「キュルルゥルルゥゥッ~ッ!!」


 その声は恐怖とは無縁で、誰かを呼ぶような感じに思えた。

 直後、九十九はゴブリンを全滅させる。

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