第16話 愚者たちの黄昏・前半

 冒険者ギルドに登録すると、明日〈無敗の三日月〉から冒険者としての手ほどきを受ける算段がまとまった。

 目黒達はベテランに指導を受けられれば、2年A組の中でトップに立てると喜んでいた。

 九十九はそこまで単純に考えていなかったが、この町の情勢や周辺のモンスターに関するデータを手にできるだろうと予想する。

 明日の〈無敗の三日月〉との合流に備え、配給された食事を食べて大人しく寝ることとした。

 寝る前に体を拭きたいという目黒達のリクエストに応え、九十九は井戸から水を3回に分けて9リットルほど運ぶことにした。

 未だに九十九を下男のように扱おうとする目黒達に、いら立ちを覚えなくはないが、ここは穏便に済ませようと考える。

 ある程度親切にしておけば、見捨てる時にこちらの気持ちは少しは楽になるだろうという計算もある。

 〈機械化人間ハードワイヤード〉のスペックを考えると、面倒な水運びも児戯に等しい。

 水運びを終え、井戸の前でドローンが採取した情報をチェックしたところでMIAからの連絡が入る。


「神保町玄一が接近してきています」


 九十九は意外だと思いつつ、納得もいった。社長派・雲雀丘の手下で九十九を顎で使ってきた人物だ。

 何を言いに来たかというのも簡単に予想がつく。が、後学の為に言い分くらいは聞くことにした。

 黒い甲冑を着ていたが神保町玄一は相変わらず、軽薄な感じで緑の髪を揺らしながら現れた。


「どうもどうも~、ナインティン、元気~?」    


「これは神保町さん、どうも。お城の暮らしはいかがですか?」


「え~、それ聞いちゃう? ディスガスティング!! 最悪だよ、特にトイレ!!」


「そうですか。こっちは寝床も、食事も最悪ですけど」


「そうなんだ! ならよかった! 君にとってグッドニュースだよ! 君も僕らの仲間としてお城に来なよ! 雲雀丘くんが是非にだって!」


 神保町は明るさに満ち溢れた顔でそういった。邪心のかけらもない表情だったが、九十九はあきれ果てていた。

 雲雀丘たちが自分を呼び寄せるのは、雑用を押し付けようとしているからに違いなかった。世話係がいる生活を送ってきた雲雀丘・藤沢・神保町が不便を感じて、九十九を利用しようとしているに間違いない。

 前の世界でのしがらみがまだ生きていると思っている雲雀丘たちに、九十九は清々しいまでの嫌悪を感じ取った。

 無論、神保町の申し出は拒否する。


「ありがたい話ですが、最初に配置されたこのパーティで結果を出せていません。ですのでもう少しこのままでいたいと思います」


「ああ、目黒さん達とのパーティか? それは雲雀丘くんは重要視していないって言っていたから大丈夫! さあ、一緒に城に行こう」


「いえいえ、手ごたえは感じていますので、しばしのお時間を。必ずクラス全員を生き残らせることに結び付けて見せますので!」


 九十九の答えに神保町は口元を歪める。


「う~ん、云っていることはわかるんだけど、それだと雲雀丘くんの意向と逸れると思うな~」


「パーティーを振り分けたのが雲雀丘くんなのに意向に沿わないんですか?」


「ああ、ライト。確かにその通りだね!」


「はい。目黒さん達とうまくやっていけそうな気もしてきたので何とかなると思います」


「へー、そうなんだ」


「もう少しで雲雀丘くんがぼくらに何を期待してパーティを組ませたのか掴めそうな予感もありますし――」


 ふとここで神保町の瞳が冷たく細まる。


「雲雀丘くんはあんまり深い意図があってナインティナインのパーティを組ませたわけじゃないと思うよ。あとミーから見て目黒ちゃんは何も役に立たない子だってわかるし。川崎くんも新代田くんもね――」


「えっ? そ、そうですか?」


「それじゃあまた城に来る時期を検討しておいてね~、ピースアウト」


 神保町は納得を示すとすぐに背中を向ける。九十九は去っていく神保町を見ながら呆れる。神保町は交渉に向かわせるにはふさわしい人材ではないからだ。

 ただ九十九は神保町を陰では「ジョーカー」と呼んでおり、突然脅威になる可能性を感じていた。神保町はとことん軽薄だが常に冷静で地頭の良さを感じさせるのだ。



 部屋に戻ろうかと九十九が思った矢先、今度は銀髪の少女・吉祥寺ミラナが接近してくるのに気づく。

 吉祥寺も九十九を見つけると、微笑み、腕を振って接近してきた。

 九十九は吉祥寺の訪問してきた訳をすぐに察する。神保町とほぼ同じ理由だと想像がつく。


「ツクモっち、朗報だよ。君もお城で生活できるようになるよ~。今の生活、無理でしょ?」


「吉祥寺さん、こんばんは。城に行けるということはここにいる2年A組全員ということですか?」


「う~ん、それは無理かな。ツクモっちだけが特別扱いだと僕は思うよ」


「なんで、自分だけ『特別』なんです?」


「よくわかんないけど、赤羽ちゃんがそう決めたみたいだよ?」

 

 九十九はあまりの馬鹿馬鹿しさに思考が凍る。先ほどの神保町もそうだが、吉祥寺も交渉・説得には完全に不向きな人材である。


 まあ――俺があっさり従うと思っているんだろうな……やっぱナメられてんな!


 怒りがこみ上げるが、見くびられている方が抗しやすいと考えて我慢する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る