第12話 薬師ガズ翁

 35分ほど走ったところで、リリパットのノドルが九十九の頭を叩く。

   

「ここだ! 降ろして欲しいぞい」


 指示に従い、九十九は足を止め、ノドルとベキンナを肩から降ろす。

 MIAの声が九十九の中に響く。


「光学的な迷彩を施していますが、家屋があります。凡そ8人ほど中にいるようです」


 ノドルが九十九に手で示す。


「魔法で隠しているけど、ここに俺たちの家があるんだぞい。お茶くらいご馳走するぞい?」


「そうか。ではお呼ばれしよう」


 九十九はノドルの誘いに乗ることにした。


「でも、その前に……」


 九十九は後ろを急に振り返ると、腕を縦に薙ぐ。

 途端に、650gの石が時速220キロで駆ける。肉体の設定を〈機械化人間ハードワイヤード〉の上限レベルにセットし直しての投球だ。

 放たれた石が当たったのは凡そ240キロの体重を誇る一角熊の顔面であった。


 ブギャアァァ~!!


 一角熊は黒く太い爪の生えた手で、激しい衝撃が加わった顔を覆った。

 九十九はMIAを通じて大型獣が、自分たちの移動経路を辿ってついて来ていることを把握していたのだ。

 さすがに〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉を使おうとも思ったが、全力での投石をまだ行っていないことに気づき、九十九はピッチングの検証を重ねることにしたのだ。

 九十九は立て続けに、石を全力で投げる。

 一発は20センチの角を粉砕し、一発は心臓にめり込み、一発は喉元に炸裂した。

 投石により、一角熊は大きく怯む。そのために急接近する九十九の対応に遅れた。


「次はこれでも喰らえ!!」


 直径44センチの石を両手で持った九十九は一角熊に駆け寄っていたのだ。手前で跳躍し、その頭部に向けて腕を振り下ろす。


 グモオォォ~ッ!!


 〈機械化人間ハードワイヤード〉の筋力によって、一角熊の脳天をあっさりと粉砕する。

 一角熊はどっと地面を揺らしながら倒れ込む。

 一角熊が死亡したのを確認した九十九はノドルに向かって振り返る。


「この熊ってもしかしたら食べられる?」


 九十九の問いにノドルはゆっくりと、カクカクと頷く。

 ここに来て、九十九はかなりやり過ぎたことに気づく。


(完全に普通じゃないと思われたな。まあ、もうしょうがない。何でもうまく立ち回るのはあきらめよう……。)


 そう心の中でつぶやいて、九十九は一角熊を血抜きの為に木に吊るす作業に入った。





「ただいま~帰ったぞい」


 ノドルがそう言ったのは林の中央にある家の中だった。

 そのノドルを14人の子供が出迎える。

 九十九はその子供の数に愕然とした。今入ったばかりの家は、とても14人が生活できる大きさではなかったからだ。

 家は外観的に一階に3部屋、二階に2部屋ほどの規模に映る、小ぶりのものだったのだ。

 また14人の子供たちの様相にも驚く。人間が半分、他は獣人やエルフらしき者もいた。

 14人の子供たちも九十九の存在に驚いた。予期せぬ訪問者の出現に、三分の一が逃げ出す。

 そこでノドルが説明する。


「怖がる必要はないぞい。この人はツクモって親切な人だ。俺とベキンナがゴブリンと一角熊に襲われたところを助けてくれた。それに一角熊の肉も提供してくれるぞい!」


 その言葉に14人の子供は狂喜した。それだけで食糧事情を九十九は察する。


「ツクモだ。縁あってノドル達を助けた。すぐ帰るから接待は結構だ」


 九十九の物言いに子供はきょとんとする。直後、しわがれた声が響く。


「うるさいぞ? こんなんじゃ静かに死ねんじゃろう」


 そういった人物にノドルが反応し、近寄る。


「ガズ翁、満月花を手に入れてきたぞい。これで少しは寿命が延びるな!」


 ガズ翁と呼ばれた老人は、非常に血色の悪い様態に映る。髭と髪でほとんど顔は見えなかったが覗ける肌は蝋のような光沢があった。端的に言って死相が浮かんでいる。

 ガズ翁は声をかすれさせながらノドルに言う。


「わしの病は脈拍・動悸の異常だ。これ以上寿命を延ばしてもどうにもならんわい。それはお主もわかっているだろう?」


 このやり取りに九十九は驚く。


「寿命を延ばす薬? そんなものが存在するのか――」


「あるよ。この森には人里を離れるほどに凄い薬草が色々生えてるの。全部そこのガズ翁の知識からわかったことだけどね」


 ベキンナがそう答えた。


「ごらっ!! よそ者にペラペラ、大切なことを――」


 ベキンナを一喝したガズ翁だったが不意に言葉を途切れさせると、ガクリと意識を失う。

 ノドルがガズ翁に近づき、首に指先を当てると、一息つく。


「気絶してしまったぞい。ここ一月はこんな感じでな。まあ――年には勝てぬということだな」



「そうなのか……。それとさっきの話だけど、寿命を延ばす薬なんか本当に存在するのか?」


「ああ、そうだ。あ、助けてもらったお礼に筋力を上げる薬『快力』を一本やるよ。売れば金貨70枚にはなるぞい!」


 ノドルはそういうと、二重の扉になった戸棚から青い液体の入ったガラス瓶を取り出す。

 それに九十九は驚く。


「筋力を上げる薬なんかも存在するのか? 本当に飲むと体の基礎能力が上がるのか?」


「そうだぞい。あんた、力は凄いのに子供でも知っていることがわからないんだな?」


 ノドルは少し呆れ気味に言ったが、九十九にはやはり衝撃的だった。

 だが、ふとここはゲームがベースになっている世界だと思い直し、そういうものが存在することは不思議ではないのだと認識を修正する。

 ベキンナがガズ翁の様子を見ながら大きくため息をつく。


「薬学の大家でも病状に合う薬を創れないともろいもんだよ、まったく。まだまだガズ翁に教えてもらいたいのにね……」


 ここで九十九は改めて、この家の中の状況に目を向ける。バラバラの人種や、ガズ翁なる老人が中心に構成された集団はやはり不自然に映った。

 その疑問を九十九はノドルに向ける。


「踏み込んで尋ねるけど――ここにいる人達はノドルを含めて、あまり関係性がわからないんだけど?」


「ああ、みんなガズ翁に拾われた者たちだぞい。森で家族を魔獣に襲われ失った者、森で行き倒れた者。今ここに残っているのは、行き場所のない者だぞい」


「そうなのか。合点がいった」


 となると、このガズ翁が死んでしまうと、貴重な薬学の知識が消滅すると同時に、拾われた者たちの未来にも影が差すだろうと九十九にも想像がついた。

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