第9話 外出してみた

 目を覚ました九十九だったが、1時間しか眠れなかった。正確には〈機械化人間ハードワイヤード〉には睡眠がほぼいらない。

 シャットダウンし再起動するだけで、人間でいう睡眠を摂った状態になるのだった。

 それでも九十九は気持ち悪かったので、MIAに警戒を頼みながら1時間だけ寝ることにした。目が覚めると8時間熟睡したように清々しかった。

 当然、夜明け前であった。


「しかたない。どれ、脱出ポッドまで行ってみるか……」 


 〈多機能粒子銃クラウ・ソラス〉を保管空間に入れて持ち歩ければ、身を守るレベルが格段に上がると想像する。また他の装備も自分の目で確かめたいと九十九は思う。

 九十九はまだ暗い中、昨日エバグル王国の者にもらった簡素なキトンの服だけで動き出す。キトンとは首の穴が開いただけの大きな一枚の布である。

 

「視覚補正をします」


 MIAがそういうと九十九の視界が明るくなる。

 九十九が走り出そうとした直前に、髪の中から複数の機器が飛び出す。蠅型ドローン・ベルゼブブだ。

 走り出して4秒後にMIAが九十九に尋ねる。


「ドローンのセンサーで、周囲100メートルの状況データを確保。このまま脱出ポッドを最短距離で目指しますか?」


「取り合えずなるべく人の目に触れない形で移動したいな」


「了解しました。少々、指示が細かくなるので、走行を自動運転にすることを推奨します」


「了解、自動運転を許可する」


 と九十九が承諾した途端に、細かい進路修正をして走るようになっていた。九十九の意志ではなく、MIAによる自動運転で時速11キロで駆ける。

 いささか違和感はあるが九十九は車に乗っているような気分で、周囲を見回し、観察をした。

 やはり中世ヨーロッパ風の町で、すべてが石と木と漆喰で出来ているように見える。窓にガラスを使っている家はない。

 町の中にも複数井戸があるが、水道・下水道がないだろうと予想できる。石製の溝等が見えなかったからだ。


 しかし空気がうまいな~。


 昨日から気づいていたが、空気が不思議と濃厚な気がしてならない。

 木々や草花の匂いが強く感じ、前の世界よりも環境が清浄な気がしてくる。

 視界の端を見るとレーダー画面のようなモノが伺えた。ドローンからの情報で、周囲で動いているものを視覚化させているのだろう。

 それによると、夜明けの町には複数の警備兵らしい者が巡回しているのが映る。

 となると昨日入ってきた門にも兵士がいるだろうな――と思っているとMIAが提案する。


「人と会わないとなると、ルート的に城壁を飛び越えることを推奨することになりますが、いかがでしょうか?」


 九十九は町に入るときに観た、町を囲む5メートル近い壁のことを思い出す。


「ええっ? 飛び越えるってあれはさすがに無理じゃない?」


「言葉の選択を誤りました。跳躍で飛び越えるのではなく壁を歩き、乗り越える予定です。時速64キロで壁を駆け上がれば4秒で突破できます」


「す、すごいね……。それってパルクールとかいうんだっけ? ではまあそれでお願いします」


 MIAの提案に九十九は驚いていたが20秒後に城壁に接近した。走行がより勢いを増すと、城壁に向かい駆けた。

 すると城壁3メートル前で大きく跳躍し、城壁2メートルの高さに足の裏を引っかける形となった。

 勢いそのままに、九十九は4歩で城壁の頂上まで達すると、そのまま飛び降りる。


「うっ、嘘だろう!! いくらなんでも無茶だ!!」


 こみ上げる落下する恐怖に大声を張り上げた――が、何事もなくきれいに着地した。


「高所恐怖症という奴でしたか。事前に通達すべきでした。すみません、配慮が足りなくて――」


 とMIAは謝罪していたが、大騒ぎした自分が急速に恥ずかしくなっていく。


「……い、いいや。俺が慣れるから、MIAは悪くない……」


 これぐらいの動きはゲームの中ではずっとやってきたのに、リアルさが増した途端ビビるとは――九十九は自嘲した。

 リセマラもコンティニューもないことで、臆病になり過ぎているのかもしれない。

 自分が〈機械化人間ハードワイヤード〉であることを受け入れ、慣れるべきなんだと九十九は強く自覚した。


 走り出すと足の速度は徐々に上がっていく。目の端の情報を見ると時速40キロで駆けていた。しかも息苦しさを一切覚えない。


「任せておいてなんだけど、時速40キロは早すぎない?」


「人類は最高で51キロで走ることが可能です。〈機械化人間ハードワイヤード〉では平均的な速度ですよ」


「な、なるほど――つまり脱出ポッドに到着するまで20分くらいということね」


「おっしゃる通りです。到着時間は14分後に予定しています」


 MIAのナビゲーションに納得しながら、九十九は五感に神経を配る。現状を日常化しなくてはと考えた。

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